2026年5月11日、Hibiki Path Advisors SPC(「私ども」または「弊社」といいます。)の主要投資先の一社である株式会社ヤギ(証券コード 7460、以下「当社」及び「YAGI」といいます。)が野心的な中期経営計画2029 (Business to Belief)を公表しました。私どもは、熱血応援型株主として今までの投稿で様々な切り口で当社を市場の皆様にご紹介して参りましたが、今回はYAGIをご紹介する5回連載シリーズの最終回、YAGIの株式の本源的価値、そして、それを顕在化する経営姿勢に関して考察してみたいと思います¹。
1.本源的価値
YAGIの株価は昨日現在で1,607円、中期経営計画発表前日から比べて、およそ3か月で22%上昇し、少しずつ市場での評価が高まりつつあります。しかしながら、未だにPBR倍率は1倍を下回っており、私どもの目からは割安と映っている状態です。尚、私どもとしては、当社の株式本源的価値をおよそ693億円(一株当たり約2,780円)と見ておりますが、その根拠につき以下簡単に解説していきたいと思います。サム・オブ・ザ・パーツ(Sum of the Parts)という手法を用いて、事業価値、有価証券の価値、賃貸不動産価値、東京と大阪の主要不動産価値、ネットデットと5つに分けております。以下をご覧下さい。
図1:本源的価値(サム・オブ・ザ・パーツ)
(出所:Hibiki Path Advisors SPC)
① 事業価値:435億円
YAGIの本業(繊維取引とブランド関連事業)が有する価値を想定していますが、これだけで私どもは、435億円(一株当たり約1,750円)あると考えています。この根拠は単純に、不動産事業を除いた標準化後の当期利益を35億円と想定し、その価値にPER倍率12.5倍を掛けています。先ず、(1) 当期利益は中計最終年の29/3期に47億円を目指す計画ですが、控えめに見積もるため、今期27/3期の予想当期利益の37億円から賃貸不動産からの利益を控除した値であり、(2)PER倍率12.5倍は、理論株価算定でよく利用される、配当割引モデル(定率成長のゴードンモデル)を利用し、各変数を動かすと12.5倍~20倍のレンジが想定され、その下限の12.5倍を採用しております。尚、実際には、現在のグループ利益の40%程度を構成するTATRAS等を擁するブランドビジネスは高収益で中長期の成長も期待される中、12.5倍という評価自体控えめな前提であると私どもは感じています。尚、参考までに29/3期の当期利益目標47億円からの賃貸不動産利益控除を前提として、若干強めのPER15倍を掛けると事業価値は435億円→670億円まで拡大します。
② 賃貸不動産:61億円
26/3期の有価証券報告書のp.107~108に賃貸不動産の開示があります(図2)。YAGIは歴史が長いだけでなく、生存と成長をかけて過去から多くのM&Aも行ってきており、買収した企業もバランスシート上に不動産を所有していたと推測され、その合計が26/3期で時価約94億円(簿価は約17億円)と表示されています。この含み益77億円が実現された場合の想定税額を控除した税引後資産価値71億円が、今後5年かけて毎年約14億円均等に価値が実現されていくという独自の想定をし、想定株式資本コスト8%で現在価値に割り戻し、61億円(一株当たり約245円)と試算しています。尚、私どもの立場としては、事業にプラスの付加価値を与える資産については保有を継続し、そうでない場合は、可及的速やかに価値を実現した上で、成長投資と株主還元にバランスよく振り向けるべきであると考えており、今回の中計においても、YAGI自身にてそれに近いニュアンスが提示されているように感じます。これについては後段でまた触れたいと思います。
(出所:2026/3 株式会社ヤギ有価証券報告書)
③ 大阪・東京本社価値:130億円
YAGIは大阪市中央区久太郎町に土地面積およそ534坪の本社を構えていますが、こちらは1893年の祖業から数年して移転した繊維の街であり、明治時代から脈々と事業を営んできたYAGIにとって魂のこもった場所となります。そして、最近まで東京本社として利用していたヤギ東京ビル(現在は東京本社機能は赤坂トラストタワーに集約)は中央区日本橋小網町にあり、こちらも都心一等地で、最近では、インバウンド向けのホテルが立ち並ぶエリアとなっています。私どもの試算では、昨今の不動産価値の高騰もあり、両物件合わせて総額250億円程の価値(税控除前)があると考えています(図3)。
(出所:Google Maps)
両物件とも長年所有してきている土地のために簿価が極めて低く、税額控除済みの資産価値でも180億円に達するものと想定されます。この価値は当然ながら創業家含む株主全体に帰属する価値です。賃貸不動産とシナリオを分けて、この価値が株主により長期の10年かけて均等に実現されると仮定し、資本コストで割り戻した場合には現在価値は130億円(一株当たり約520円)となります。尚、売却をすべきか否かはYAGIが総合的判断で決めるものと考えますが、仮に保有を継続するとしても、その物件の価値が資本コストで割り引いても何らかの形で株主に帰属することになるように企業価値を向上させることが新しい資本市場の潮流にあった経営陣の責務なのだろうと考えます。ここで想定する10年とは、YAGIの今までの歴史からすると短いですが、実は企業価値評価の常識からするとかなり長い時間想定であり(業績予想を10年分作成することは現実的に不可能)、10年で不動産価値や金利、そしてインフレから国内外の社会情勢まで大きく変動する可能性があります。資産価値が高騰している今のうちに何らかの形で一部価値を実現し、TATRASの成長に資するための投資資金やM&A、株主還元資金に充てることも検討の余地があるのではないかと考えます。
④ 有価証券価値:105億円
有価証券は主に政策保有に関わる株式と債券が中心となります。こちらも有価証券報告書p.93~p.97に記載された総額から連結バランスシートの繰延税金負債(有価証券の含み益に課税されると仮定される金額がこの項目に含まれる)を控除した金額です。尚、こちらは1-2年以内に換金可能な流動性のある資産であるので割引計算を行わずにそのままの総額を使っています(一株当たり約420円)。
⑤ ネットデット:-37億円
これは現金預金から長短借入金と退職給付債務を控除したものです(一株当たり約-150円)。
このように、数々の控えめな前提と余裕のある時間軸にて仮定した上でも、YAGIの本源的価値は693億円と算定され、現在の時価総額を77%上回ります。私どもは、当社の、長年の荒波を乗り越えてきた苦難の道筋と繊維素材に対する深い造詣に対して敬意を持っており、さらにTATRAS擁するブランド事業、リテール事業の将来性にも強い期待を持っておりますが、そういったPricelessともいえる価値基準とは別に、このように冷静に当社の本源的価値を分析した場合においても、今現在でも投資対象として魅力を感じております。
2.本源的価値算定の意義
ここで、敢えてYAGIから一旦離れて、投資家にとっての、(ある意味、極論では机上の空論ともいえる)本源的価値を算定する意義に関して少し書かせていただきます。投資家が市場に存在する意義にも関わってくる部分です。尚、ここでは投資家を狭義に限定し、顧客に対する説明責任のある機関投資家という意味で使っていますが、説明責任の有無を除けば、個人投資家も違いはありません。
投資家は、「投資収益を生み顧客にその価値を享受いただく」事業であり、投資リターンをあげることがその絶対的な使命となっています。実は事業会社も、人・モノ・カネを駆使して顧客にサービス若しくは財を提供し、その対価を受領することで株主と自身(従業員)にリターンをもたらす点で基本的使命は同じです。ただ、投資家にとってその投資リターンの源泉になるのは、出来得る限り、何らかの理由により企業の株価が、その本源的価値より割安になってしまっている状態であるときにその企業の株式を購入する、という投資姿勢となります。そしてそういった投資を行うためには、「価値」を可能な限り定量化する意識が肝要であり、そのために資本市場の長い歴史の中で、比較考量しやすいPER倍率や、PBR倍率が一般的指標として使われるように発展してきました。実はこうして独自に価値を算定して投資行動をとる投資家が多くいることによって、市場に多様性、および流動性が生まれ、その多くの見解の重なる交差点がその時々の売りと買いが重なる「株価」となります。このように、資本主義が効率的に機能する上での大前提を支えるものが多様な投資家層の存在であるといっても過言ではありません。
投資家が価値をどう見るか、はまさに千差万別です。特に資産価値には目もくれず短期のキャッシュフローの変動や利益水準のみで判断する(短期)投資家もいれば、私どものように、より理論的な意味で株主に帰属する価値、それこそ「本源的価値」とは何か、といった視点で現在のキャッシュフローに含まれない部分についても可能な限り詳細に計算を行う投資家も数多くいます。そこには善悪の差はなく、立場の違い、のみ、存在します。
YAGIのように、本業のみの分析からは見えない不動産や有価証券についても価値を見る意義は、例えばその裏返しのケースとして、企業が過去に工場などに投資を行ったにもかかわらず当初想定した収益を生んでいない場合にその資産を減損すべきなのではないか、といった批判的視点も生み、そういった厳しい投資家が株式を売買することによって市場の効率性が改善し、経済学で言うパレート最適²に少しでも近づく効果への導出につながるということです。この、「市場が効率的」であることこそが、経済全体の最適資源配分にとって極めて重要であり、経済発展の礎となることは経済学の基礎でもあり、個別企業の「企業価値最大化」の議論のマクロ的な文脈での最終到達点ともいえます。このように、本源的な価値を投資家と経営陣が議論し、企業価値最大化の目線を合わせることは、実は、我々が目指すべきものなのではなく、経済理論内で既に想定されている基礎的な善良な市民の行動様式でもあるといえます。
YAGIのケースに戻ると、私どもの計算には不動産や有価証券等、本業のキャッシュフローと直接的に関わりがないと考えられる部分もありますが、それを含めて過去からの経路依存性によって到達した現在のYAGIの姿であり、その資産価値を売却によって顕在化するのか、それとも内包した上で、有機的に企業価値を最大化するのか、だとしたらどうするのか、経営陣と取締役はそれを自問し続けながら説明責任を果たし、投資家はそれを問い続けることが、企業価値最大化に資するプロセスになるのだろうと考えます。
当社は過去10年の経常利益率も平均2.4%と低く、PBR倍率が1倍を下回ってきましたが、長年のマテリアルやアパレル事業の収益性改善施策とブランド事業の伸長の成果により、近年如実に収益性が改善してきました。株価もそれに反応し、過去3年で259%上昇しています。しかしながら、私どもの視点では、本源的価値に照らすとまだ株価は大幅に割安であると同時に、漸く過去から脈々と蓄積してきたその資産価値を、将来への成長投資へ有機的に転換・活用するチャンスも拡大しています。ただ、今後の成長投資行動こそ、まさに投資家的な目線にて(中長期的にリターンに結び付くかどうか)極めて厳しい選球眼で行うべきですし、この本源的価値を強く意識していかに株主還元とのバランスをもって「株価」にも反映させるか、経営者としての挑戦にもなるのだろうと思います。
(出所:Hibiki Path Advisors SPC)
3.中期経営計画と経営姿勢
最後に、第一回目で細かく解説しました当社の中期経営計画について改めて「本源的価値」の文脈にて触れた上で、今までの投稿であまり触れてこなかった経営姿勢に関して二点書かせていただきます。先ず、おさらいですが、YAGI中計2029の財務・株主施策の要点は以下の通りです。
・配当性向40%以上に総還元性向70%目途を加え、継続的な自社株買いの意思を明示
・流動性向上のために1:3の株式分割の実施(済)
・金庫株のほぼ全量に等しい84万株の消却(済)
・新規自己株取得の実施(発行済株式の3.3%)(26/7から27/3まで)
利益を増やすだけでなく、配当、自己株(消却と追加自己株買い)、分割を発表しROEの長期目標12%と相まって、ほぼフルスペックにて株主一人ひとりと向き合う姿勢が示された施策となっています。
(出所:YAGI中期経営計画2029資料より)
そして私どもが経営者の覚悟を最も感じ取ったのが図5のスライドです。先述の通り、株主還元姿勢及び自己株式取得予定額を明確に提示している部分はさることながら、そこに「資本効率向上によりPBR 1倍超の達成と株主価値最大化を目指す」と明記されていることです。単なる言葉尻と言えばそれまでですが、上場企業としての今後の大切な指針を示す資料で使われているという点では無視できません。
私どもの投資先含め、IR資料等では多くの企業で「企業価値の向上を目指す」とオブラートに包まれた表現が使用されることが多いです。私どもも本投稿では先に「企業価値」と使っていますが、当社の場合、
「企業価値」 → 「株主価値」
「向上」 → 「最大化」
と置き換えられ株主価値最大化となっています。「企業価値」は「株主価値」以外の負債価値等を含むので、その定義にいささかの曖昧さが含まれますが、「株主価値」には一切の曖昧さがありません。また、「向上」には、1円でも100億円でも価値が増えた場合に「向上」という単語を利用することが可能になる大変便利な魔法ワードですが、「最大化」には甘えが一切ありません。このような言葉を、こういった大切な資料で自ら進んで「うっかり」選択するはずがなく、まさに経営者の覚悟がこの一言に表現されている、と私どもは密かに感銘を受けました。先述の通り、これは経済理論が仮定する合理的な人間からすると当然のことなのですが、私どもとしても、当たり前のことがあまり通らない時代を長く過ごしてきた後に、この覚悟の表出が経営者からなされると、心から応援したくなります。そしてさらに数多くの経営者にこのような強い姿勢を示していただきたいと願います。
次に二点目はキャッシュアロケーションです(図6)。これは第一回目の投稿と重複しますが、キャッシュアウトにおいて成長投資に150億円~200億円と大きく軸足を置くことが示されている上で、キャッシュイン部分が、(数字で明示されていないものの)営業キャッシュフローの二倍以上の面積が、資金調達(資産の売却等)から想定されている部分です。まさにここが、自社の本源的価値を意識した価値循環が想定されている部分となります。資産価値はマクロ要因によっても変動するので金額を明示しにくい部分があることは理解した上で、明らかに資金循環をこれほどまでに見込んできている中期経営計画は極めて稀であり、ここにも経営者の「攻め」と「覚悟」の両姿勢が垣間見える部分です。
(出所:YAGI中期経営計画2029資料より)
現在のYAGIの社長、八木隆夫氏は創業家6代目で2016年から社長を務められています。当社の特徴を自身で「アメーバのように環境変化に敏感」と表現した上で、自ら数多くの組織改編・改革とM&Aを実行してきました。そういったM&Aにはおそらく失敗もあったものの、その中に現在のブランド事業の柱にまで成長したTATRASとの出会いがあります。資本主義経済においてリスクとリターンには正の相関があり、本源的価値を顕在化し、さらにその価値を増やす(リターンを獲得する)ためには失敗を恐れずリスクを取るしか道はないです。ただ、事業を成長させるためには計算されたリスクを取る必要があります。日本の繊維ビジネスの栄枯盛衰、そしてアジアを巻き込んだ繊維バリューチェーンの変革の大波を乗り切ってきたYAGI、そして八木社長はそのリスク感覚の能力が高いのではないか、という仮説を私どもは持っています。そのような経営姿勢と経営能力は、今回の定量的な本源的価値に含まれていません。実は計測不能なその価値は本源的価値以上に大きいのかもしれません。これまでの5回の投稿にお付き合いいただきました皆様、有難うございました。私どもは、当社の成長を応援する株主として、そして「親しくも、厳しい友人」として、引き続き当社の株主価値最大化のための建設的な対話を継続して参ります。
¹ ここで語られる本源的価値はあくまで私どもの一投資家としての見解であり、各々の投資家がご自身で独自調査いただくための一つのたたき台としてご活用いただけますと幸いです。
² 当該経済モデルに参加するいずれかの主体の利益を損なうことなく、他の主体の利益をこれ以上高めることができない状態。すなわち、経済全体として追加的な価値改善の余地がない最も最適な資源配分を指す。但し、その配分が各主体間の公平性を満たすか否かはパレート最適の概念には含まれない。
(過去の投稿)
2026年7月23日 - 株式会社ヤギ 第4回投稿 TATRASの勝ち筋
2026年6月29日 - 株式会社ヤギ 第3回投稿 ダウンジャケット市場のいろは
2026年6月9日 ー 株式会社ヤギ 大量保有報告書提出と会社紹介資料公表について
2026年5月28日 - 株式会社ヤギ 第2回 歴史と強みの背景
2026年5月14日 - 株式会社ヤギ 第1回 中期経営計画2029コメント
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