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2025年10月12日 ー 株式会社河合楽器製作所 CIO清水のコメント

約8分

HibikiのCIO清水です。本日は私どもの主要投資先の河合楽器製作所(「KAWAI」「当社」)について簡単なコメントをしたいと思います。

現在世界最高峰のピアノコンクールの一つとして有名な「ショパン国際ピアノコンクール(「ショパンコンクール」)」第19回がポーランドの首都ワルシャワにて開催中であり、世界中から予選審査を潜り抜けた才能あふれる若きピアニスト達がしのぎを削って素晴らしい演奏を繰り広げています。現在は84名が参加した一次ラウンドが終了し、そこから選ばれた40名が二次ラウンドにて火花を散らしている最中です。前回2021年の開催から全ての演奏がYouTubeでも公開されるようになり、世界的に注目度が高まり、日本のピアノファンからも沢山の声が寄せられています。最終結果の発表は10月20日とされています。

尚、本コンクールでは、事前に決められたピアノメーカーのピアノを、各コンテスタントが本選開始前に選択し、ソロを奏でる一次ラウンドから、コンチェルトの大曲をオーケストラと共演する、それこそパワーを求められる最終選考までの合計4回の演奏機会の全てにて同じピアノで弾き通すことを要求され、毎回各大手ピアノメーカーとその調律師も多くのコンテスタントのより豊かな表現を支えるべくしのぎを削っていることから、「ピアノメーカーの饗宴」とも言われています。今回はSteinway & Sons, Shigeru Kawai, Yamaha, Fazioli, Bechsteinの5メーカーのいずれかのピアノを選択することとなっております。

前回の2021年コンクールは、KAWAIにとってエポックメーキングでありました。従前から、大きなホールでも煌びやかに響くSteinway & Sonsが一強と言われていた中で、図1の通り、ファイナルに残った12名のコンテスタントの内、3名がKAWAIの最高位ブランドであるShigeru Kawaiを選択しており、上位6位の中に2名が残ったことから、世界中に、その深く温かみのある音色と多彩な表現キャパシティが知れ渡ることとなりました。実際、第一次ラウンドの87名の内、Shigeru Kawaiを選択したコンテスタントは6名だけだったのですが、その2/3がファイナルまで残っていることからも鮮烈な印象を世界中に与えました。

図1: 2021年ショパンコンクール・ファイナリスト結果

(出所:Hibiki作成)

その手応えもあり、KAWAIはその後の2023年9月ワルシャワにショールームを開設し、ショパンの聖地でもあるポーランドを中心に欧州全域のピアニストに啓蒙活動を行ってきました。そして、今回のショパンコンクールのコンテスタントのピアノ選択シェアに地殻変動ともいえる大きな転換が起こりました。以下に前回2021年と2025年を比べた表を掲げます(図2)。

2: コンテスタントによるピアノ選択 2021年 vs 2025年


(注)C. Bechsteinは2025年に50年ぶりに再参入を許可された

(出所: インターネット媒体より集計しHibiki作成)

ご覧の通り、第一次ラウンドにおいてShigeru Kawaiは今回、前回の6名から3倍以上の21名から選択され、シェアも7%⇒25%と驚異的な上昇となりました。Fazioli等のシェアは大きくは変わっていない中、最強と言われるSteinway & Sonsから大きくシェアを奪う形となっています。そして、第二次予選に進むことが出来た40名の内11名がShigeru Kawai選択であり、今後もその美しい音色が注目を集めることは必至と考えます。尚、今回第一次予選に参加した日本人は13名であり、その内5名がShigeru Kawaiを選択、第二次予選に進んだ5名の内3名がShigeru Kawaiとなっております(残り2名はSteinway & Sons)。

この驚くべき飛躍の要因は私どもとしては次の2点あると考えています。

先ず、やはり最も大切なのは、河合楽器の職人やMPA(Master Piano Artisan)と呼ばれるプロ調律師の方々の長年の蓄積と音に対するこだわりです。響板と言われる、音の広がりを司る大切な部材の調達からじっくり時間をかけた乾燥までこだわったり、安定性のためにアクションの部分に炭素繊維素材を使ったり、独自の視点でピアノの音色と弾きやすさ(レスポンスや柔軟性)、タッチの改善にこだわり続けた結果がようやく世界に認められつつあるということだと考えます。

次に、同じレベルで(若しくはビジネスの結果を出す上ではそれ以上に)極めて重要であったのが認知の拡大です。前回の2021年のコンテスタント達の舞台裏の緊張と苦悩、努力と情熱を綴ったドキュメンタリー映画であるピアノフォルテの中にある興味深いシーンがその問題を象徴しています。既に世界的に有名なピアニストでもあるロシア/アルメニアのEva Gevorgyanが、コンクールの最初に今後数週間パートナーとなるピアノを弾き比べながら選択するシーンに於いて全てのメーカーを試弾した後に師匠に向かって以下のコメントを言います。

「Shigeru Kawaiすごくいい、これをとても弾きたい、、けど、今までほとんど弾いたことがなくて慣れてないから、(勝ち負けがかかる)コンクールをこれで勝負するのがちょっと怖い」

そのような苦悩に満ちたコメントを残してSteinway & Sonsを選択しています。その後、彼女は見事ファイナルまで勝ち進みますが、残念ながら入賞は果たせずに終えました。つまり、Shigeru Kawaiについて言うと「本来であれば選択されるべきピアノだが認知や弾く機会があまりないことで躊躇する」コンテスタントが多かったことがこの事例から推測されます。

そして2025年に至る4年の間にワルシャワのショールーム開設や米国ディーラー網の再構築、コーポレートブランド刷新など、KAWAIがこの二つ目の課題である認知とタッチポイントの拡大に真摯に向き合ってきたことで、今回の圧倒的ともいえる選択率の拡大につながったものと考えます。株主として本当に嬉しく思います。ただ、ここは実はまだスターティングポイントです。

河合楽器は、現在「河合十年の計」という2035年までの長期経営計画を遂行中です。その中心となるのが、デジタルマーケティングを駆使し、積極的に世界で認知の向上を図ることによるシェアの拡大です。「良いものを作れば売れる」という旧来の考え方と決別し、「良いものであることを積極的に世界に知らしめ」てKAWAIブランドを認知させ、世界中のより多くの消費者に触ってもらうタッチポイントを増やす上で、このショパンコンクールでの当社の活躍には極めて重要な意義があると私どもは考えます。この飛躍を糧に、グランドピアノだけでなく、広くデジタルピアノまでKAWAIブランドが認知そして消費者から選ばれていくことを待ち望んでいます。

図3:「河合十年の計」の業績目標

(出所:河合楽器製作所プレスリリース)

現在、業績は、コロナ後の楽器市場全般の停滞及び中国音楽市場の大幅縮小からの回復途上で、残念ながら株価も低迷しています。しかし、既に業績も底を打ち、2035年にはROEで16%を目指すという野心的な長期経営計画を打ち出している上に(図3)、これだけ世界のトッププレーヤーから評価されるブランドを冠する企業が、市場にて未だにPBRで 0.5xで評価されていることに、私どもとしては驚きを禁じ得ません。経営の安定した独立基盤を守るという視点においても、あまりに低すぎる水準であると感じております。

ちなみに、2023年5月8日に送付後に一般公開もした私どもの企業価値向上施策ご提言書のp.9にも記載をさせていただきましたが、Steinway & Sonsは、2013年にヘッジファンド創業者のPaulson氏の個人資産によりおよそ500億円で買収、非公開化されましたが、その時の買収価格$40の株価valuationは以下図4の通りです。またそのPBR倍率は、およそ1.8倍でした。そして、KAWAIの現在(10/11)の株価によるvaluationについては在庫調整が終わり回復軌道が数字にも現れると考える27/3期の会社四季報予想PER倍率で14.6x、EV/EBITDAで2.3倍となり、25/3期実績ベースのPBR倍率は0.52xと、トップピアノメーカー同士としての市場評価に大きな開きがあります。

図4:Steinway & Sons非公開化時のValuationとKAWAI(提言書当時)

(出所:2023年5月8日Hibikiご提言書)

プロのピアノ演奏家の間での評価が世界的に急激に高まりつつある中、資本市場においてもKAWAIの本質的なブランド価値が時間を追って認知されることを期待しておりますが、当社経営陣におかれましても、音楽業界での評価のみならず、未だに非認知バイアスに沈む資本市場の評価を能動的に着実に高めるべく様々な追加的施策も打ち出していただきたいと願っております。改革を遂行中の当社の経営陣を少数株主として応援しつつ、認知改善や財務施策を含めたエンゲージ活動も引き続き継続していきます。

今後、勝者達のガラ・コンサートで幕を閉じる10月23日までのショパンコンクールの若き奏者たちの熱き饗宴から目が離せませんが、より長い時間軸で見た上で河合楽器の「十年の計」による今後の世界での飛躍の道のりからも同時に目が離せません。

(過去の関連する投稿)
2025年5月31日 ー 株式会社河合楽器製作所 中期経営計画についての意見交換
2025年3月23日 ー 株式会社河合楽器製作所 中期経営計画コメント
2023年5月8日 ー 株式会社河合楽器製作所 書簡の送付について


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