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2017年新年のご挨拶

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2017年新年のご挨拶

新年明けましておめでとうございます。

 投資先の皆様、ご愛顧を頂いたお客様、そしてご支援頂いた皆様、昨年は大変お世話になりました。
そして本年もよろしくお願い申し上げます。

 2016年は、予測に反することが幾度と起こった年でした。ブレグジットやトランプ勝利は言わずもがな、ですが、私にとっては、三菱自動車が系列外の会社に事実上買収(拒否権を伴う34%)されたこと、そしてその決断をした日産が親密系列部品会社のカルソニック・カンセイを投資ファンドに売却を決定したことが、非常に驚かされたことでした。

 日産が少し特殊な会社であることは別として、台湾企業によるシャープの買収もそうですが、戦後の護送船団方式から始まって長年培われてきた日本企業社会の、「あるべき姿」という根本的な考え方の部分が地殻変動を起こしていると感じさせます。戦前は特に、ですが、むしろ戦後においても80年代~90年代前半の(ある意味特殊な)バブル前後はこのようなダイナミックな企業買収や合併などはかなり頻繁に起こっていたので、ようやく本当の経営者の時代(経営者の力量が出る時代)に戻ってきたということでしょう。2017 年も、予測不可能なことが様々起こるでしょうから、その変化の渦の中で機動的、能動的に変革を起こしていける経営者、組織、企業がさらに比較優位性を示していける時代が来つつあるのです。

 昨年12月にダイヤモンドオンラインで連載された、三菱ケミカルホールディングス小林喜光会長のインタビューは多くの経営者に戦慄とともに勇気を与えてくれるものでありました。「言葉を換えれば、若い人だけなく年寄りも皆が萎えている。変革に向かう勇気を失っている。「今、安定しているからこれでいいじゃないか」とか、「取りあえず生きていける日本はいい国だよ」などといった発想が、政治でも経済の世界でもある。揚げ句は、「今はとりあえず食っていけるから、社長をやっている4~6年の間は、静かにゴルフをやって酒が飲めればいい」と内心思っている経営者もいるのではないか。日本は、本当に萎えているのだ。それをぶっ壊さなければ、なにも前に進まない。」(ダイヤモンド・オンラインより抜粋)

 哲人経営者として名をはせた方が言うことには心に刺さる重みがあります。自分たちが歩んできた道を敢えてぶっ壊してでも次世代がさらに輝き、事業が伸びるように、決断を下す、ということは大変難しいことですが、それを本気で出来るか否かが今後の企業として、事業としての生死を分けることになるでしょう。

 そして、2016年にこのような予測に大きく反する事象が数多く発生したことを鑑み、年末年始のまとまった時間に私も思い立って以下の本を再読してみました。

① ブラックスワン – 不確実性とリスクの本質 (N・N・タレブ)
② ポスト資本主義社会 (P.ドラッカー)
③ 限界費用ゼロ社会 (J.リフキン)

 扱うテーマも全く違い、書かれた時代も違いますが、今の世界を象徴する数々の現象、(1)予測不可能性が増し、(2) シェアリングエコノミーの台頭等で資本主義自体が大きく変革しつつあり、(3) 特にネット企業においては限界費用がゼロで矢継ぎ早に事業を拡大していく、などの事象をもう体系的に一度整理して消化するために選び、期待通り、以前読んだときに比べ様々な新たな示唆がありました。

 ブラックスワンからは一つのエピソードだけご紹介したいと思います(英文版を持っているので若干意訳であることをご容赦下さい)。本の中で架空と思われる人物が沢山出てくるのですが、ここではある同じ質問をAとBという二人の対照的な性格の人間にします。

 その問い、とは「フェアなコイン、つまり表と裏が出る確率が50/50のコインを 100 回トスするゲームで、最初の99回連続で表が出たとします。最後の一回で裏が出る確率は何%でしょう。」というものです。Aは電気工学の博士号を持つ真面目な紳士で、Bは銀行を退職して自身で小口ローンや競売不動産物件などを取得するビジネスを始めて成功した人物という設定です。

 Aは当然「50%」と答えます。B は「そんなの勿論 1%以下だろう」と答えます。Aは最初の前提である50/50を信じて合理的に判断していますが、Bは、「コインがフェアであれば99回も表が出るなんておかしい。何か仕組まれてるよ。」ということで、最初の前提を疑うのです。著者のタレブは「ニューヨークの市長にこの二人のどちらかを選ばないといけない場合どちらを選ぶ?」とこのエピソードを締めくくります。私には、このゲームでの例と、今回のトランプ現象が見事に重なって見えてしまいます(米国民がなぜトランプを選んだか、という理由のサブリミナルな部分にこのような意識があろうか、と思います)。私もごく普通の教育を受けてきた人間で、どうしてもAのように考えてしまいますが、不確実性の時代には、このような枠をはみ出た発想力、そしてそれを実行に移す実行力が極めて重要になってくるのでしょう。

 次にドラッカーの著書には毎度その内容の新時代性に衝撃を受けるのですが、やはりこの、「ポスト資本主義社会」についても、23 年前に書かれているという事実に改めて強い衝撃を覚えました。

 資本・労働のみでは既に経済活動が説明できない時代に入り、「知識労働」の価値と付加価値への影響力が増大、しかるに知識労働とサービス労働の所得格差が拡大し、深刻な社会的緊張をもたらす、ということまで鮮明に予言されています。Uber の想定株式価値が昨年の夏時点で 660 億ドルと(依然として赤字なのに)ゼネラル・モーターズのそれを上回っているという不可思議な状況のミクロ的な視点がこの言い回しに凝縮されています(Uber は個人のドライバーに知識労働によって生産性を導入し世界規模で拡大させています)。さらに、ドラッカーは、組織/チームのマネジメントに関しても、昨今起こっている強烈な変化に際し、極めて示唆に富む形で3分類しています。①ポジションが固定されていて仕事と成果の計測がしやすい野球/クリケット型、②ポジションは決まっていながらもチームとしてある程度の柔軟性を内包し、有機的に連携して成果を上げるサッカーもしくはオーケストラ型、そして、③個人の自由度と効率が頂点に達する、テニスのダブルス型もしくはジャズバンド型という表現です。
以下その組織の件に関し、少し抜粋です。

「これら三種のチームは併用できない。そもそも同一のチームが、同一の競技場において、同時に野球とサッカーを競技することはない。オーケストラは、ジャズバンドと同じやり方で演奏することはできない。しかも、それら三種のチームは純血である。混血では機能しない。他のチームへの変身は困難であり、苦痛である。そのような変身は、古くからの大事な人間関係を壊す。しかるに、仕事の性格、道具、流れ、製品の変化が、チームそのものの変身を要求する。特に情報の流れの変化が、他の型のチームへの変身を要求する。」(第4章より、下線は清水による)組織の慣行を変えるのには恐ろしいエネルギーが必要になります(それなりのインフラの変更や組織内の心構えの変更も必要で、ドラッカーも述べている通り、苦痛と混乱は必至ですね)。

 しかし IoT やブロックチェーン、フィンテックといった言葉で喧伝されるように、今までの発想の枠外からの生産性向上や仕事の仕方の考え方が猛スピードで誕生している時代です。その変化に能動的に対応していくことが、極めて大事になってきている中で、自分達がどのような組織になればいいのか、結局は自分達のかかわる製品やかかわる市場、現場の声を聴くことが大事という、結論からすると極めてオーソドックスで耳が痛いことを改めて思い知らされる気分です。まさにシェアリングエコノミーや IoT という新しい概念が台頭してきている「今」、再読されるべき内容と思います。

 そしてリフキンの「限界費用ゼロ社会」ですが、まさに、フェイスブック、アップル、アマゾン、グーグル、最近ではAirBnBやUberといったネットワーク時代の寵児達が切り開いてきた新しい枠組みと彼らの強烈なパワーによって生み出される新しい市場支配戦略の考え方、そしてそれが社会にとって何を意味しているか、がよく理解できる内容です。アマゾンプライムはほぼ無料で沢山のことを提供しています。リアルの世界でいうスーパーの店頭の大バーゲン品、ロスリーダー戦略の「おばけ」のようなものでしょう。先ほどのドラッカーの組織の議論でいうとそれだけ強大で、分野別にみると世界を支配しているともいえる影響力を有していながら、経営の組織、ガバナンスとしては「ダブルス型」であることは、興味深い現実です。

 当然新しいことを創造していくことが比較優位に直結する分野で「大人数での合議」は時間ロスが大きく、さらにアイディア自身の鮮烈さがそがれる危険もあろうかと思います。しかしこれは、ある意味、今日本で行われている、ガバナンスの議論と相矛盾するところがあり、まさに組織というものの作り方に一つの正解はないのだ、ということを如実に示唆しています。完全競争と独占、そしてイノベーションの関係についても極めて挑戦的な視点及び、確信的な語調、で書かれていますが、それをどう感じるかは一人ひとりによって異なるように思います。

 されど、IoT がもたらす社会的な変化の未来像に関しては非常に具体的なビジョンが提示されており、これはおそらくは製造業や、政府関係者の方々にとっても極めて興味深い分野と示唆ではないかと思います。既にお読みでない場合は大変なお薦めです。

 結びに、ですが、企業は「法人」であり、いわゆる「寿命」という人間の限界を超えて活動することを可能とし、その活動を綿々と数世代にわたり引き継いでいける画期的なシステムな訳ですが、やはりその活動を制御し、内側に蓄積される「暗黙知」を長期的に付加価値に結び付けるのは、人であり、より正確に言うとその組織の中で「知識労働」を担う経営者、及び経営層に近い幹部社員の皆さまでしょう―それがドラッカーのいうマネジメントという概念に集約されます。

 一段ずつ階段を上り出世していくような組織の中で、一つ一つのレイヤーでの経験や苦労は人間の成長のために確かに必須ですが、同時にそれが蓄積すると、発想の飛躍の足かせにもなりかねません。また、そういった知識労働者として「手綱を握る」人間になった皆さまにとって社員の手前、世間の手前、先代の意向の手前、といった遠慮は、皆さんの多くが思っている程は実際必要なものではなく、逆にそういうものこそ、三菱ケミカルの小林会長が仰るように、ぶっこわすべきものなのだと思います。ちなみに、14世紀頃の先進国の象徴であったイギリスの平均寿命が 24 歳程度であったと推定されていますし、日本では江戸時代後期においても平均寿命は 40 前後だったと推定されている模様です。

 今や日本の平均寿命は83歳です。ということは、今を14世紀イギリスに置き換えると、45歳の私はまだ12歳程度、60歳の方は17歳程度ということになります。医学の進歩には目を見張るものがあります。高齢化社会という言葉も使い古されてきました。2017 年はお互い数十歳若返った気持ちで、変化の激しい時代、まだまだ色々と吸収し、挑戦をし、自分が感じる使命を全うしていこうではありませんか(ボブ・ディランの1974年のForever youngという曲を聴きながら育った皆さまも多いでしょう)。そのような個人のエネルギーこそが企業の力になり、社会の力になり、国家を動かす力になるのだと思います。私も(少なくとも心の中で)若々しく、引き続き頑張らせていただきます。

 駄文、及び長文、大変失礼致しました。では、改めまして、本年も何卒宜しくお願い致します。

2017年1月4日

ひびき・パース・アドバイザーズ
代表取締役
清水雄也