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2022年 年始ご挨拶 – 経営者の覚悟

約 26 分

投資先の社長及び経営幹部の皆様、

Hibiki Path Advisors代表、ファンドマネジャーの清水雄也です。今年もどうぞよろしくお願い致します。2022年も世界はインフレ懸念+オミクロン+株価下落と波乱の幕開けです。さて、弊社で毎年こうして投資先の皆様に年始のお手紙をお送りするようになり早くも5年が経ちます(今年が初めての皆様、どうぞよろしくお願い致します)。その間に沢山のことが起こり、特に過去2年はコロナもあり目まぐるしく大変な年でした。今年は、経営者の覚悟と題して、古き良き(?)オールドカンパニー、米国の自動車ビッグスリーの一角GMの過去6-7年の「変革」について書かせていただこうと思います。一人のたたき上げの女性経営者、Mary Barra(バーラ)氏の「覚悟」に基づく企業改革の足跡です。そうです、今年のキーワードは「覚悟」です。

その前に、ここで敢えて改めて私が何故この仕事に誇りを持って取り組んでいるか、を改めてお伝えさせていただきたく存じます。上場株式投資という仕事は刹那的に捉えられることも多く、皆さまの「実業」の世界と対比して「虚業」と言われることも多々あります。クリック一つで数十億円のお金さえ動かせてしまうという意味ではそうなのかもしれません。しかし私は全く違う気持ちで投資の仕事をしております。目指しているものは2つです。

  1. 一般論として「変革」が苦手と言われる日本のこの澱んだ池の中で、変革を自ら実行し社会に良いインパクトを与える気概と情熱のある企業とその経営陣/従業員を応援し、光を当て続ける
  2. 反対にそのような気概がなく引退までの目先のことだけに囚われ、豊富な会社の財産と社員及びその家族の人生を無駄にする経営者には変革を提言し、実行できない場合には淘汰や再編を促す

投資は(企業であれ投資家であれ)リターンを求められるものであり、綺麗ごとでは済まされず、失敗には致命的な結果と責任が伴います。しかし、私は投資家として、自身の投資先の範疇を超えて、日本の資本市場総体の新陳代謝を活性化させないと、企業活動の見えざる根幹である資本市場が枯れ果てることは避けられないという強い危機感を持っています。池が干上がったらどのように素晴らしい魚(企業及び投資家)も生き残れません。であるからこそ、投資リターンと、株価評価の適性化、日本経済社会の活性化は大きな意味で同じベクトルの上にあるという信念で「闘って」おります。事業は闘いであると皆さま仰いますが、株式市場も闘いの場であることを忘れてはなりません。

過去20年程、投資の仕事をしてきた中で、上記2の経営者が1に転換する「覚醒」のようなことは実は稀です。残念ながら株主から株主提案を受けて初めて気づくケースも多いでしょう。ですので弊社の投資先(皆さま)の大半は(おそらく 笑)1.のケースであり、私共が叱咤激励をしつつ共に歩ませていただきたいと思っています。そのような気持ちでこの手紙を毎年飽きもせず書かせていただいているのです。

GMについての本題(良い例)に入らせていただく前に一点、2021年に企業とアクティビスト投資家との間の事例で私が衝撃に感じたこと(悪い例)に簡単に触れさせていただきます。昨年、西松建設という準大手建設会社の株式を某アクティビストが市場で25%も購入し、様々な提案を会社にした上で、最終的には、会社は取締役会においてその投資家より自社株買いをすることを機関決定し、過去から貯めてきた多額の現金より約500億円を支払いました。

この投資家が少々強引な手法で批判されることも多々あることは承知の上での私見は、最終的に最も悪かったのは西松建設の経営陣である、ということです。経営陣は、「うちのような成長性もあまりない会社の株式を大量に買い込んで経営支配することはないだろう」とたかをくくり、その隙が最終的には、500億円という巨額の会社の資産を、ほぼ全てある特定の投資家に支払うという帰結を生んだのです。

これを見た従業員はほっと胸をなでおろしたのでしょうか?また、これは、俗にいう有効な資産の使い道なのでしょうか?株価に無頓着で長年手を打たなかったことに対する「罰」を受けたのは、経営陣なのでしょうか?どう考えても全て「否」ですね。その後も伊藤忠商事と資本業務提携を発表するなどしており、株価も下がっておりませんが、経営陣が、もし「戦(いくさ)」に勝って「戦争」に負けたことに気が付いていないとしたら悲劇以外の何物でもありません。仮に経営陣が先述の2.⇒1.へ目覚めがあったとしたら不幸中の幸いですが、500億円の教育費が安いか高いかは火を見るより明らかです。私は、今までも、そしてこれからも、皆さまがこのような罪深い過ちを犯さないよう、少々耳が痛いことも含めて叱咤激励させていただきたく存じます。さて、それでは本題です。

1.GM(ゼネラル・モーターズ)の原点 - 「馬車」

過去の年始のご挨拶レターで深く掘り下げさせていただいた企業は、アマゾン、アリババ(アントフィナンシャル)、ディズニーですが、今回は、重鎮のGM(ゼネラル・モーターズ)社です。創業1908年であり、かのディズニーより15年古く、言わずと知れた100年企業で、1931年にFord社を抜き世界一位の自動車会社となってから2008年にトヨタに抜かれるまでその地位を保ってきたエスタブリッシュメントです。実際の歴史はさらに古く、実は1886年に創業のDurant-Dort Carriage Company(“DCC社”)がルーツとなります。この会社名にもあるWilliam Durant(デュラン)氏が、Ford氏と並んで自動者の神様とも言える人です。

DCC社は実際、祖業は馬車製造会社でした。創業から10数年で既に全米No.1の馬車製造量を誇り、時代の栄華を誇っていました。しかし、1885年に Carl Benz氏により世界初の内燃機関による自動車が開発されており、米国でも同様の技術による自動車の生産が始まっていました。初期の自動車は、音もうるさく、ガソリンの臭いもきつく、危険であるため、市民の間で反対運動が起こる程の騒ぎでした。

しかしデュラン氏はDCC社の傘下で(目ざとく!)当時の自動車生産のトップ企業Ford社の部品のディーラーを担っており、新市場の可能性に目を付け、「そういった悪い面を取り除いた車を開発すれば売れる」とひらめき、GM社を立ち上げ、DCC社の成功で得た資金を惜しげもなく、GMの発展のために20社以上の買収に注ぎ込み、Ford社に全力で殴り込みを仕掛けたのでした。因みに、デュラン氏は1914年にDCC社を売却し、1924年にはDCC社は時代の役割を終え解散されたとのことです。実に40年にも満たない短いライフサイクルを駆け抜けたのでした。

GMは案の定と言いますか、急激な買収拡大で負債が膨れ上がり、銀行に支配権を取られ、デュラン氏は1910年に株主より社長の座を追われますが、その後Chevrolet社を創業し、大資本家Dupont氏を味方につけてGMの株式を買い集めて1916年にGMの社長に返り咲きます。ここまでで既に一冊の本が書ける程の濃い内容ですが、今回の本題は、GMがその新進気鋭の企業であった頃の気概を失い、2009年にChapter 11(所謂民事再生法、“倒産”)を申請するに至った局面から、現在の姿に「変容」するまでのストーリーですのでここまでにさせていただきます。ただ、GMの祖業からして、既に時代を終えつつあった「馬車」からの大転換が背景にあったことは、GMたたき上げで、変容の立役者のバーラ現社長のインスピレーションに何かしら影響があった可能性は否定出来ません。いつか聞いてみたいものです。

2.「危機」そして「本当の危機」

さて、時計の針を数十年一気におし進め、2008年に移動します。投資銀行リーマンブラザース社が大破綻し、米国が本格的な危機に陥る随分と前から、GM社は既に日系、韓国系、欧州系メーカーからの攻勢、そして非協力的な労働組合との間に挟まれ、現場の疲弊、価格競争力の欠如とブランド後退により危機的状態でした。それでいて、長年身を切るようなリストラクチャリングを実行してきたことも事実でした。2000年にCEOに就任したリチャード・ワゴナー氏は2009年6月のChapter 11の申請の際に悪役を引き受け会社を去りましたが、生産性の向上、労働組合との折衝と年金債務の解消、10年弱で1/3以上の雇用調整といった負の側面の整理を行いつつ、先行して中国市場に大胆に投資し市場No.2の立ち位置を築いたことは彼の最も偉大な功績で、現在でも中国でGMブランドは販売実績で上位に食い込んでいます。

GM社のChapter 11申請は、当時までの事業会社としては世界最大の1,730億ドルの負債の大事件となりました。当時画期的な手法の会社分割によりNewCo(新会社)とOldCo(旧会社)に分けられ、売却価格が高いものは旧会社に分類されてことごとく資産売却に回され、根幹のNewCoの自動車製造販売業は米国政府、カナダ政府、そして労働組合が新規資金を折半出資することで蘇生させるという、当時のオバマ政権肝入りの再生案件となりました。そして、再生計画通り、NewCoは倒産から1年余りで2010年11月にスピード株式公開と$200億ドルの新規調達も果たし、アメリカ再生の象徴となり2012年のオバマの再選にも強い追い風のニュースとなりました。

米国政府が再生計画の一環として2009年7月にお目付け役に送りこんだ取締役が、それまでプライベートエクイティファンドのカーライルでパートナーを務めていたDaniel Akerson(アカーソン)氏でした。2010年の9月、アカーソン氏はCEOとなり、上場後の2011年にはコスト削減による回復で史上最高益の76億ドルの当期利益(株主利益)をたたき出しますが、政府のお墨付きを得て再生したことにより、微妙な「安心感」が会社に蔓延しており、その後の景気回復局面でも業績が再び低迷する事態に陥ってしまいました。しかし、実のところ、「本当の危機」はそのような表面的なものではなく、企業文化に根ざすとも言える根本的なもので、こちらも実はリーマンショック前からはびこっていたのです。製造現場の疲弊による不良品増加と組織の官僚化による「リコール隠し」です。

“Penny wise and Pound foolish”

文字通り、「小銭レベルで賢く、お札レベルで阿呆」と、些末なことにばかり気を取られ目先の小さい成功を成就しても大きい問題をないがしろにして結局は失敗する、という耳の痛い格言です。GMの過去10年が衰退の苦悩の連続であったこと、そして全米屈指の企業だという(余計な)プライドがあったことにより、悪いニュースは上にはあげずに良いニュースのみがアピールされる企業文化になっていました。後ろ向きのリストラばかりでビジョンもなく失敗を繰り返してしまった某国の某メガバンクと似た状態ではないでしょうか。

2003年に既に最初のイグニションスイッチの問題が社内で確認された履歴が残っているにも関わらず、その後10年の歳月で100名近い尊い人命がこのスイッチの不具合によると推測される事故で奪われ、大規模な訴訟問題に発展するまで対応がなされなかった背景については様々な憶測及び事実が既に公開されています。たかが一台当たり$10程度のスイッチの取り換えをないがしろにし続け、最終的に会社の屋台骨を揺るがす事案に発展したことについての「組織の失敗」ケーススタディも沢山書かれています。経営陣レベルまで悪い情報が上がってこない組織の腐敗にはある程度共通化したパターンがあり、皆さまの間でも特にご関心も高いと思われますが、今回の本題からそれます故、恐縮ですが、このお手紙ではなく、また別の機会にご紹介出来ればと存じます。反対に、そのような企業文化を転換するために、新CEOに任命されたメアリー・バーラ氏が何をしたのかのご紹介の方が今回の本題です。

3.火中の栗を拾ったメアリー・バーラ氏とそのビジョン

現在もGMのCEOを務めるバーラ氏はアカーソン氏の後任として、2014年1月に取締役会より任命されました。彼女は1980年、18歳のときに、社会経験を積みつつ大学の学費を稼げるというCo-Opというプログラムに参加し、GMに「見習い工」として就職し、途中1990年にスタンフォード大学MBAを取得するも、その後も製造ライン、調達物流業務や工場長も経験して現在に至る、文字通りの「たたき上げ」です。尚、彼女のお父様もGMの工場の社員だったとのことです。

それこそ表面的には大変華やかなアメリカンドリームのように見えますが、彼女のCEOとしての最初の仕事が、前述の通り長年先送りされてきた「本当の危機」への対応という最悪の船出でした。当時のGMの年間販売台数の3倍(!)以上にあたる3,000万台の大リコールを発表し、社会で強烈な批判の矢面に立ち、上院議会にも何度も召喚されました。推測の域を出ませんが、世間からめった刺しに合うと分かりつつGMにのこのこやってくる能天気な外部経営者は皆無であり、企業文化という深い問題にメスを入れないといけないという状況であるからこそ、他に選択肢がなくたたき上げの彼女に白羽の矢がたったという説明の方が合点が行きます¹ 。決して、「喜んで引き受けた」とは考えられない状況です。

彼女はリコール問題と正面から向き合うと同時に、企業文化の再構築と成長ビジョン策定のために動き始めました。2014年より、世界中の経営幹部数百名を一同に集める会議体を策定し、そこで「GMの文化をより良くするために、一つ挙げるとしたら何か?」と全員に問いただしました。既に策定していた「Focus on Customers(顧客に集中しよう)」「Focus on relationship with Stakeholders(ステークホルダーとの良い関係に集中しよう)」「Focus on Excellence(秀逸であることにこだわろう)」という標語はあるものの、それを現実の企業文化に落とし込むことを議論し、煎じ詰めて、シンプルな規範に落とし込みました。

“ Behavior — 態度、ふるまい、言動 ”

社長に抜擢される前に人材開発部門の責任者であったバーラ氏は、笑い話として、彼女がそのポジションに就任した際に、会社全体のドレスコード(服装規則)だけでも10ページ(!)もあったものを、あまたの“前例踏襲主義者”の反対を押し切り「Dress Appropriately(適切な服装をすること)」とたった“一言”に変更したと語っています。

まさに、自社の従業員を信頼して託す、そのために変革する、という姿勢が滲み出ている逸話です。そのような彼女が、幹部に対して「日々の態度から改めよう」という、言ってみれば非常にシンプルなことからスタートし、それを従業員に広げ、会社の雰囲気を根底から変容していきました。会社がどれだけ大きくなったとしても大切なことの原理原則は変わらない、ということを体現したのでした。

そして社内改革とビジョンを整備浸透させ、議論を重ね、2017年に満を持してGMが出してきた成長戦略のビジョンの礎となる標語が次の通りとなります。

“ ZERO ZERO ZERO ”
ZERO Crashes(事故ゼロ)
ZERO Emissions(排出ゼロ)
ZERO Congestion(渋滞ゼロ)

今でこそ、自動車産業が総力を挙げて邁進しているCASE²の方向性であることに間違いないのですが、当時は、あまりに壮大で前衛的なビジョンであったこと、さらに、ハマーなど燃費の悪い大型車(所謂アメ車ですね)が専売特許だったGMのコアビジネスへの完全な自己否定とも捉えられ、実現性が低いということで市場からは総スカンを食らっています(株価もほとんど反応しませんでした)。この、全く反応しない市場に対して、バーラ氏が何を実行したかは後段の第5章にてお話したいと思います。

そもそも、外部から招へいされた、小生意気なプロ(を気取る)経営者であったならば、もう少し株式市場との距離感を読んで、短期的にも十分評価されそうな標語を出してきたと推察されますが、高卒入社、製造現場たたき上げ、さらにバリューチェーンも良く理解しているバーラ氏が、会社の問題点や立ち位置の限界を熟慮し、GMが新時代に変容して生き残るために、敢えて背水の陣の「覚悟」の上でこの正気とは思えない標語を出していたことに市場が気付くのは、次々と驚きのロードマップが示され実行された数年後のことになります。

4.強烈な攻めと、激烈な守りの構造改革、そして変容(Transformation)

前章と時間が前後してしまいますが、バーラ氏は構造改革について、先ずは「攻め」から入っています。2016年に、創業まだ3年余りのCruise(クルーズ)という、自動運転のソフトウェアを開発中で従業員40名程度の会社を5億~10億ドル(未公表であり推測金額)で買収しました。当時まだ売上も上がっていないたった40人の会社ですが、自身のビジョンに合致したものと推測されます(そしてこの1年後に“Zero Zero Zero”が発表されるのです)。バーラ氏がいよいよ追い詰められて取り乱したか、という評も一部ではありました。

この自動運転テクノロジーの分野は、まだ黎明期であるにも関わらず、既にTeslaのみならず、グーグル系のWaymoやアマゾン系のZooxといった会社との開発及び覇権争いが激しく、巨額な開発費用が見込まれていたのですが、クルーズ社はGMからの早期の全面支援を受け、順調に成長し、現在開発中心の従業員1000名以上を有し、今のところ主導権を握っていると言われています。

クルーズ社には2018年5月に、GMが追加の11億ドル及びソフトバンクビジョンファンドが22億ドル出資し、同年秋にはホンダも7.5億ドルの出資に加え、その後12年間で20億ドルのエクイティコミットメントを発表しました。さらに2021年にはマイクロソフトが20億ドル、小売大手のウォルマート が7.5億ドル と矢継ぎ早に巨額出資し、まさに多業種を巻き込んだ形での急激な成長を遂げ(その間売上ずっとZERO!)、その企業価値は2021年時点で、推定でおよそ300億ドル(3兆円以上!)と言われております。GMが依然として過半数の株式を握っている模様で、現状、(皮算用ではありますが)既に出資した当初より最低でも10倍以上の値上がりをしている計算です。

バーラ氏のEV(電気自動車)戦略は、この自動運転分野に比べては、今のところ成功であったとは正直言い難く、GMにとって苦難とリコールの連続でしたが、それでも果敢に挑戦をやめずに投資を続け、昨年、大きな発表を行いました。

それは、①2025年までにEVモデルを30種、市場投入すること、②そういったEVへの投資額は同年までに350億ドルに上ること(工場を複数EV車けに転換の上、バッテリー工場も建設)、③2035年までに内燃機関の自動車販売を完全終了することの3点です。コア技術のバッテリーについても韓国LGグループと運命共同体で開発改善を行い、外部サプライヤーに依存する他社と違いその技術はほぼ内製化され、諸説ありますがコスト削減カーブでは先行していると同社は主張しています。こうした強いコミットメントに彼等を駆り立てているのは、EV化で先行せねば、いずれ他社がそれを成し遂げてしまい結局負ける、という熾烈な生存競争環境と強迫観念にも似た強い危機意識、さらにそれに伴う「覚悟」なのです。

そして、同時に見ないといけないことが、苦渋の「激烈な守り」のリストラクチャリングです。本格的なリストラが行われたのはEVシフト戦略が鮮烈に発表された2020年の数年前、2017年から2018年にかけてのことです。実際、2018年は米国の国内景気も良く、GMも年間で85億ドルの税前利益を上げましたが、そのような中で突如発表されたそのリストラ案は壮絶なものでした。

先ず前段として、2017年にはインド、南アフリカ市場からの撤退、そして欧州子会社グループをプジョー・シトロエングループへ売却(欧州撤退)が発表されました。さらに、2018年11月に従業員の15%を削減、米国5か所の工場とカナダオンタリオ州のオシャワ工場の閉鎖が発表されました。最終的に2020年の2月には豪州・ニュージーランド及びタイからの生産販売の撤退も発表され、海外市場では南米、韓国、中国を残すのみとなりました。

2018年の工場閉鎖の際には、当時大統領であったトランプ氏の逆鱗に触れ、バーラ氏に陰に陽に執拗なプレッシャーがかけられただけでなく、トランプ氏は直接TwitterやテレビインタビューなどでもGMをこき下ろした履歴が残っています。カナダのトルドー首相からも怒りの電話が来たとのことでしたが、バーラ氏はそういった強烈な政治的圧力に屈せずに、その仕事を淡々とやり遂げています。リストラでセーブした費用とリソースを一気呵成に新時代を切り開く突破口であるCASE型のビジネスモデルへの転換に投下する上で、このリストラを遂行の上一旦縮小均衡して、資金を確保することは不可欠だったからです。この過程で彼女が社長としてどれほど眠れない夜を過ごしたか想像に難くありませんが、その逸話は語られておらず、おそらく彼女が引退するまで胸に秘めておかれるのでしょう。

このように、GM社の変容は、たった一人の経営者が、先ずは社内で決定的な信認を得た上で、そのエネルギーを一気に攻めと守りのリストラに振り向けた「覚悟」のストーリーです。これは大変な痛みを伴う、縮小と拡大を同時に行うリスクの高い変容であり、そして未だ現在進行中ですので、2035年時点でこれが大成功しているか大失敗しているか、誰にも分かりませんが、彼女だけはその道筋を確信しているのでしょう。経営者として非常に素晴らしい決断能力と“強さ”を見て、改めて本当の経営とはこういうものなのだ、と衝撃を受けつつ学ぶことが出来ます。

5.Let’s buy from those FOOLS! (阿呆どもから買ってしまえ!)

さて、「覚悟」つながりで、皆さまにどうしてもご覧いただきたいものがあります。前段で「市場から総スカン」と書きましたが、正確には、2017年10月1日のTriple Zero発表(図1の赤い丸)まで市場の期待で株が買われ、発表後に「失望売り!」となりました。一部大手メディアでは、この Triple ZeroをもじってZero Hesitation、Zero Nostalgia、Zero Apologies(躊躇ゼロ、回想ゼロ、謝罪ゼロ)と辛らつに書かれています³。時の声とはそういうものですね。

<図1 – GM社の株価(白)とS&P指数(橙色)相対チャート2019年まで>
(出所: Bloomberg)

そのような辛辣で否定的な「市場の声」が渦巻いている中で、彼女が取ったもう一つの強い「覚悟」を示す行動が、実は強烈な自社株買いに表現されていますのでご紹介したいのです。

GMの自社株買いは彼女の社長就任後ほどなく、2015年から開始し、その後も継続され、2017年には年間通じて過去最高の54億ドル(6,000億円程度)にまで至りましたが、これは当時の発行済み株式数の10%以上であった模様です。また、2015年から2018年までの4年間で総計およそ3億株、2015年の発行済み株式数の19%を買い進め、それに106億ドル(1兆円以上)を惜しげもなく注ぎ込んだのです(図2及び図3)。

<図2 – GM社の四半期別自社株買いと株価 2015-2021>
(出所:https://investor.gm.com/stock-information GM社のデータを基にHibiki作成)

<図3 – GM社の発行済み株式数の推移>
(出所: stockdividendscreener.com)

米国の株式市場は、歴史的経緯からしても「闘いの場」であると参加者のコンセンサスが醸成されています。米国の象徴である、カーネギー氏や、J.P.モルガン氏など誤解を恐れずに言うと敵対的な乗っ取りが大変上手でした(日本でも大手財閥は当初そうであったはずなのですが、何故かその側面はあまり語られませんね。)。企業同士の敵対的買収や乗っ取りも市場の原理に則って行われる限りは「正義」と米国では認識されてきた中で、「売る人」と「買う人」の間で意見の相違を是認しつつ、「価格」で闘いながら解消する場であるという合理的姿勢が常に一貫されています。勿論最近は、それが過剰にゲーム化、劇場化してしまう傾向が顕著ですが、これについては昨年2021年の年始のレターで書かせていただきました⁴。脚注にリンクがありますのでご関心あられたら一読いただけたら幸いです。

ということで米国経営者の間でこっそりと語られる隠語が以下となります。

“Let’s buy from those fools!”

自社の価値やその将来の道筋を分かってない、もしくは理解しようとしない「売る阿呆ども」から(自社で)買ってしまえということです。いい言葉ですね(笑)!

2015年から2018年初まで、言わば、攻めと守りのリストラを練りに練って発表するまでの間、かたくなに自社の将来性を信じようとしない「売る阿呆ども」から株式を買い取り、同志であり、日々悪戦苦闘する役員や従業員にどんどん株式報酬及びオプションとして付与したのです。2015-2021年の株式報酬株数から逆算すると、自社株として市場より買い取った3億株分のおよそ25%が株式報酬として活用された計算になります。そしてその間の平均株価約35ドルが2021年12月末時点で58.6ドルとなっているのです。2倍弱です。付与された「会社の仲間たち」にとっては日々の激務が報われる非常に嬉しいインセンティブになったことでしょう。皆さまも、株式報酬やオプションがどれだけ驚きの効果を生むか株価が上昇してみて実感されるはずですので、まだ実感されてない場合は市場が米国金利上昇で混乱する今こそがチャンスです。

実際、GM社の場合、コロナ以降、自動車生産が全世界的に急回復した追い風もありましたが、2018年に将来への投資へ舵を切って自社株買いを中断セーブしてキャッシュポジションを高め、クルーズ社への11億ドルの追加出資など将来投資に振り向け続け、さらにEVシフトでハマーEVなども発表して話題を提供しつつ、怒涛のごとく前に突き進み先行することで、GM社に対する市場のイメージが、旧態依然の自動車会社のイメージから、所謂モビリティプラットフォーマーへと大きく「変容」したことが窺い知れます。そして、未だに過半数を所持すると推測される自動運転のクルーズ社も、そのIPOが今年か来年にあると噂されています(未確認情報ではあります。)。

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長々と語らせていただきましたが、青天の霹靂でトップに抜擢され、会社のカルチャーを変え、飛び地戦略で自動運転技術を抱え込み、一時救済してもらった政府までをも敵に回して工場と従業員の大リストラを敢行し、阿呆どもから自社株を断固として買い続け、それを大事な社員に付与し続け、巨額の将来への攻めの投資を継続的に行い・・・という、変容しつつある古き良き馬車会社を発祥とする自動車会社の女性社長の孤独と覚悟のお話をご紹介させていただきました。

既にご承知の通り、彼女は創業オーナーでもなく、所謂手練れのあるプロ経営者でもなく、現場たたき上げのサラリーマン経営者です。途中GMから企業派遣されてスタンフォード大学MBAで経営のいろはを学ばれたことは確かですが、そこで学んだこととと彼女が「覚悟」を持ってこの激しい変容を遂行できたことの因果関係はおそらくそう高くはないでしょう。逆にMBAで華麗でスマートな経営スタイルに心酔していた場合、突然の発表で米国、カナダ、オーストラリア政府を全て敵に回すことなど考えも及ばなかったことと思います。

何がこの極めて強い「覚悟」を引き出せたのかは私も正直分かりません。しかし、この「覚悟」があれば、誰にでもこのような改革、変革が出来ることを、事実として示しています。一言でいうと彼女がしたことは、優先順位をはっきりさせ⇒取捨選択をし⇒わき目も振らず遂行した、ことに尽きます。このような簡単なことがいかに本源的に難しいか、彼女自身が広く深い現場のバリューチェーンを知っているからこそ、余計に感じたこととも推測されますが、やはり「覚悟」だけがその違いを生むのでしょう。

皆さまの「覚悟」は何でしょうか?

~~~

最後に、最初の議論に戻りつつ結びとさせていただきたいと思いますが、株式市場は「闘いの場」であり、常に“甘く見てはいけない”場所だと私は実感していますが、上場企業の経営者の皆様で、そう感じておられないケースが非常に多いと感じます。持合いも徐々に解消され、東証の流動株比率の概念導入もあり、益々「闘いの場」化が進行すると考えられます。その場合、「株主」は基本、会社の将来に何等かの意味で期待をしている「味方」であり「闘う相手」ではありません。株主と「闘っている」時点で何かが根本的に間違っているのではないでしょうか。

本年、1月26日の日本電産のプレスをご覧下さい⁵。日本で最も成功している企業の一社である彼等が増配発表の単純な1枚で“当社は「会社は株主のもの」との視点から”という一言を、冒頭に加えているこの意味合いの重さにつき、皆様どう感じられますでしょうか?GMのバーラ氏もそうであったように、人生色々とあれど、地域社会や、国家ではなく、株式会社の経営者としては、企業の将来、そして株主価値を優先させることは、資本主義で生きていく限り、神への誓いと同等なのではないかと、それこそマックス・ヴェーバーが著書『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』で語ったことなのではないでしょうか?例えば、上場に嫌気がさし、どこかしこのプライベートエクイティ会社のささやきで非公開化しても所詮株主が最も(正確に言うとさらに)重要になることは火を見るより明らかです。

話がそれましたが、「闘い」の本当の相手である、前述の“阿呆ども”も、そうは言っても市場のれっきとした大切な参加者で、尊重されるべきプレーヤーです。但し、場合によっては、そのベクトルを野放しにすることによって、それが市場参加者全般に「正しいもの」と理解されてしまい、その修正が困難になってしまうことが市場では日常的に起こっています。それを仕方ないと諦めて放ってしまった行く末の最終型が、約500億円を教育費として支払って何とか体裁を保った(ように見える)先述の建設会社なのではないでしょうか。

ですので、私は個人的見解として、上場企業の経営者は、社員や会社の将来のためにこそ「闘い」を放棄してはならないと感じます。ただ、そうは言っても現実問題、ESGやサステイナビリティの係数捕捉や情報開示、人的資本の情報開示や英文開示のプレッシャー、そして東証の再編など、企業規模の小さい会社が単独で闘っていくことがより困難な時代になってきていることも間違いなき事実です。非常に大変です。そこで、袋小路とわかっていて、前に進む「ふり」をするためだけに闘うことは無意味なだけでなく株主や従業員に対しての背任行為だと感じます。

単独で上場を続けて突破するチャンスと信念があれば堂々と「闘い」、使える手は全て使うことがGM社でも行われた王道です。そうでなければ、再編の中でM&AやMBOなどの選択肢を実行することは決して恥ずべき行為ではありません。そのいずれの道筋であっても、それがどんなに逆風でも、経営者が「覚悟」をもって遂行していく、これが上場企業の経営者の本質的な責務なのではないでしょうか。皆さまの会社は数百万社に及ぶ日本企業を代表する「上場」企業なのです。このようなことを日々本気で考える経営者がどれだけ増えるかに、日本の資本市場の将来、そして日本の未来がかかっていると感じます。綺麗ごとではなく、本質的に、「上場企業」の経営を一緒に考えていこうではありませんか。

結びに、ある本の一節をご紹介したいと思います。1988年の米国のKKR社とライバル達のRJRナビスコ社の買収争奪戦を描いた「Barbarians at the Gate(野蛮な来訪者)⁶」というドキュメンタリー小説です。投資銀行大手ソロモンブラザース社の当時の名物CEOガットフレンド氏が、RJRナビスコ自身による狡猾なMBOと、KKR社の対抗TOB計画にさらに割って入るための導入として先ず自己資金で10億ドル規模のRJR株の市場での静かな買付けを開始するかの判断を迫られた最終会議で、投資を決定したくてムズムズと勇み足気味でまくしたてる幹部たちに言い放った強烈な言葉で、米国経営者はどうせエゴと金銭欲の塊、とたかを括っていた私に経営トップの意外な正義と意識の高さに目が覚めた思いでした。

Before he gambled a dollar on this deal, he wanted to hear
everything that could possibly go wrong. “You guys are being
pretty goddamn* easy with my shareholders’ money.
What makes you think it’ll work?”

彼はこの案件にたった1ドルさえもギャンブルする前に、失敗する全ての
可能性に関して聞いておきたかった。- お前らは、オレの株主のカネをクソ
軽く簡単に考えてるじゃねえか*。何でこれがうまくいくと思うんだ?
*Goddamnはかなり悪態の意味があるスラングです

そして、さらに議論を重ね、当時社外取締役のウォーレン・バフェット氏にも相談した挙句、ガットフレンド氏は、10億ドルの「オレの株主のカネ」を「闘いの場」に投入することを決定したのでした。

乱筆失礼致しました。それでは、2022年も何卒よろしくお願い致します。またお目にかかり意見交換をさせていただける機会を楽しみにしております。

令和4年1月28日
39 Temple Street #02-01, Singapore 058584
Hibiki Path Advisors Pte. Ltd.
代表取締役
清水雄也

[1] https://www.iedp.com/articles/leadership-journeys-mary-barra/
[2] Connectivity, Autonomous, Sharing, Electrification
[3] https://www.forbes.com/sites/dalebuss/2018/11/26/gms-new-transformation-plan-should-be-called-zero-hesitation-zero-nostalgia-zero-apologies/?sh=69002061f00a
[4] https://hibiki-investment-news.com/2021-1newyear/
[5] https://www.release.tdnet.info/inbs/140120220125572309.pdf
[6] https://business.nikkei.com/atcl/interview/16/051900003/082300003/

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