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2018 新年のご挨拶

約 16 分

2018年 新年明けましておめでとうございます。

 ご愛顧いただいたお客様、投資先の皆様、そしてご支援いただいた数々の方々に昨年お世話になったことの感謝の気持ちと本年の一層のご健勝をお祈り申し上げます!

 さて、2017年は皆様にとってどのような年でしたでしょうか。一方では、数々の老舗大企業での不正が発覚し、単なる上塗りに留まるガバナンス改革の限界が見え隠れしている中、全員参加型でなりふり構わず高揚感を加速させる株式市場があり、さらにはビットコインやインスタグラマーなどと言った極めて新しい概念が市場参加者のみならず一般の人々の話題をさらう、まさに玉石混交、カオス化した「多動」の一年でありました。2018年は米国でいよいよ金利が本格的に上昇をはじめ、欧州でも量的緩和の縮小もあり、2017年程の「適温相場」とはいきません。企業も、私どものような運用会社も普段の鍛錬の差が出る年と踏んでおります。気持ちを引き締めて参りたいと思います。

 普段Hibikiの顧客の皆様に宛てて発行しているニューズレターでは、個別の事象や企業についての私見を述べさせていただくことが多く、ミクロ的フォーカスをしておりますが、年始のご挨拶はお送りする先も幅広く、せっかくですので、昨年同様、少し鳥観図的な議論をさせていただければ、と存じます。あくまでご挨拶を兼ねた私見(エッセー)であり、皆さまを説得したい、という気持ちで筆を取っている訳ではありませんのでどうかお気軽にお読みいただければ幸いです。深層テーマは「顔」です。後段にその話題が出てきます。

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 最近の社会の変化の流れは極めて速く、変化自体が加速しています。私の昨今の最大の(個人的な)関心ごとはこの社会の中で組織、特に「会社」はどうあるべきか、そして「会社」は個人(ヒト)」とどうかかわっていくべきかという問題意識です。実は2017年3月(良い会社)、そして2017年8月(従業員モチベーションとストックオプション)のHibikiメッセージもこの問題意識をテーマ別に切り取ったものであります。ぜひホームページのメッセージセクションをご覧ください(www.hibiki-path-advisors.com)。

 会社というのはとどのつまりは、「ヒトとモノが寄り集まったもの」であり、モノやそのモノから派生する技術やノウハウも会社に帰属はしていますが、結局はヒトが操作してこそその付加価値を獲得させていくのであり、AIなどの技術が発達すればする程、ヒトの本質的な価値というもの、その価値をどう具現していくか、がクローズアップされてくるものと考えられます。現象面でいうと、そこに昨今話題の「働き方改革」などというものも関わってくるのでしょう。これについては後程触れさせていただきます。

この問題を2つの視点からアプローチしていきます。まずは「個人(ヒト)」の視点からです。

個人(ヒト)の視点

 ヒトもそうですが、動物は生存本能に「群れる」という行為が刻み込まれている社会的な生き物です。当然その最小単位である家族にしても、そのユニットで安全性や効率が高まることは勿論ですがそれより、情緒的・精神的な結びつきにより個々で行動するよりはるかに強いエネルギーをもたらすことは自然の摂理です。ヨーロッパの中世の時代のように情報が少なく、常に侵略や略奪の不安、理不尽な主従関係もある中で同じ職種(小作農など)が寄り集まって暮らすことは、効率面の効果よりはこのメンタルな意味合いが大きく、そういった寄合のネットワーキングの動きの真骨頂と言えるものが、国境を越えて結び付く、キリスト教やイスラム教と言った「宗教」ですね。エーリッヒ・フロムは、情報から遮断された人々が不安におののき、自由から自ら逃れて集団に従属する心理メカニズムを著名な「自由からの逃走」に刻銘に記述しています。宗教がそういった不安におののいていた個人に与えた「救い」は、人間社会に強いエネルギーを与えたのです。

 翻って、第二次大戦後の日本を見てみます。GNPは戦前のピークの1/3に一気に縮小し、財閥は容赦なく解体され、戦前に企業のかじ取りを担っていた有力企業の役員のほとんど、4000人近い経済人が追放され、当時中間管理職レベルの人々が一気に(危機的状況にある)経営を担う異常事態となった中でも、国や軍隊といった大きな帰属先を失い、不安におののく多くの人々のよりどころとなったのが実は「会社」、あるいはもっと小さい単位の「職場」でした。給与はしばらく出なくとも「どこかに行って力を合わせて何かやることがある」という希望、その集団的なエネルギーが焼け野原からの高度経済成長の原動力となったのです。

 時計の針を一気に進め、今はどうでしょうか。インターネットから始まりスマートフォンの出現により人々の生活は激変しました。程度の差こそあれ、常に距離を超えて家族や友人と小さい液晶画面を通じて24時間つながっている時代、、、究極のネットワーク社会の進展で、昔でいう「疎外感」や「不安」を意識しにくい時代になったということです。その反作用として、組織に対する帰属意識や所属意識へのエネルギーが弱まっていることが感じられます。不安の中で、「何かにつながっていたい」という欲求が資本主義や宗教や、はたまたナチといった狂信的な政治政党をまで出現させてしまう強い原動力となったのですが、おそらく現代社会ではそれ(つながっていること)がここ数年で一気に所与(given)となったのです。この“意識しない内に”進展する構造変化が、個人(ヒト)の行動様式の端々に与える変化は広く深く、(意識が出来ないからこそ)一歩引いて冷静に分析せねばならない問題です。生活の、社会の、全ての前提条件が変わったのです。

 分かりやすい現象面の話からすると、それこそ、ユーチューバーやインスタグラマーといった過去からでは想像できない、一個人が多くのオーディエンスを集めることが新しい「職種」になり、時には信じられない程の広告収入を得るようになっています。急激に進展するシェアリングエコノミーも例えばフリーランスで宅配ライダーになる個人、空いている部屋を貸す個人、といった新しい「仕事」を生んでいます。そういった人たちが、多かれ少なかれ、ネットでの評判によって信用を得て、仕事を得る時代になったのです。中国ではネットの情報を国家が信用情報として参考にするという、逆転現象も既に始まっています。はたまた、見えにくい(けれども着実に進展している)現象からすると、ある個人が、新入社員となって社会に出ても、学生時代の友人と24時間ほぼゼロ限界コストでつながっていられるので、社会に出て新しい「会社と契約関係になり、仕事をしていく」という大きな精神的変化がぼやけてしまう結果につながっています。“働かない”、と“働く”、の境目が、精神的にも実態的にも極めて曖昧になりつつあります。

「群れる」、「帰属意識を高める」ことに強い影響を与えると言われる孤独感や不安感が極小化し、終身雇用といった帰属意識を高める効果を持つシステムも既に崩壊しており、反対に、学生気分で始めたフリーランスの活動で大成功する「個人」も増え、生きる意味・仕事をする意味、そしてその過程が極めて、そして急速に分散化し、そういった情報にもリアルタイムでアクセス出来、人々の思考にインパクトを与えます。さはさりながら、私たちは、一定の不安が少なくなると同時に、情報過多による別のストレスや不安感と付き合うことになっているのですがそれは今回のテーマから少し離れますので、またの機会にします。ここではヒトが本質的に以前より自由になっている、そしてその自由に対して不安を感じにくい、という、今までの人間社会では起こりえなかった現象が起こっているという事実にフォーカスしたいと思います。

会社・企業の視点

 次は会社・企業からの視点です。このように生き方の自由度が高まり、社会構造も複雑化、情報化、分散化しAIやInternet of Thingsなどの新しい技術の出現によって企業は2つの構造変化にさらされていると言えましょう。一つは分解する(せざるを得ない)労働価値、そして2つ目は上記の分散化する個人の意識、です。

 分解する(せざるを得ない)労働価値、については、今までのコンピューターの出現、インターネットの出現などで度々大きな変化が起こり、その度に単純労働が機械に置き換わりました。しかし今回の労働価値の分解はロボットの出現とコンピューターの高度化、情報集積の高度化により、人間にしか出来ないと考えられていた多くの「作業」が機械に置き換わる転換点です。Robotic Process Automation (RPA)もその一つで、人事給与や総務経理、従業員の税務処理など驚くほど多くの作業が効率化される可能性を秘めています。一人一人が「業務」としてとらえて活動している時間の多くの部分は実は「付加価値を生む創造的業務」と「単純作業であるが必要な周辺雑務」が混然一体となっており、この周辺雑務を(AIに)アウトソースすることによって仕事の効率や生産性を大きく改善させることが出来るのです。ここをしっかり見極め、社内のバリューチェーンを「分解し」「構築しなおす」という会社全体を巻き込む大がかりな作業なしに、今声高に叫ばれている、政府主導の「働き方改革」などは意味を成しません。

 そして2つ目の分散化する個人の意識に関しては、既に個人サイドからの議論を通じて考察したように、帰属意識が発達しにくい環境で、何かの縁で一緒に同じ会社で働くという意義を従業員全体にどのように浸透させ、より創造的な個人のエネルギーへといかに転化させるかという問題です。特に「作業」レベルの仕事がAIにとってかわられ、人々の創造力、想像力の出現がカギとなる中、(抽象的な表現ですが)例えば、ある会社Aで社員の創造エネルギー(別名:やる気)の平均が50で別の会社Bで70では、おそらく数年の間に企業Aの存続が危うくなるする程の差が出てくることでしょう。もしそこにさえも目をくれず、雇用を守るためにAIを導入しないという経営判断をするとしたらそれは会社の将来にとって致命的です。

 この、意識/議論されにくい個人サイドの変化によって、日本企業はいよいよその解決を先送りしてきた問題に対処を迫られてきているように私は感じます。労働人口も減少する中でソフトパワーをいかに充実させ、アウトプットへのエネルギーをいかに効率化かつ強力化するかです。ROE経営という言われ方もしますが、その奥底の深層にはヒトの勤労意欲の高度化も大きく関わってきます。

 解決策は業種や企業によっても違うと思いますし、製造業、サービス業、B2C、B2Bかによっても大きく違いますので、やはり各企業で考えるべき問題だと思いますが、あくまでの私見を挙げさせていただけると幸いです。言うは易し、ということも充分承知の上での私見です。

 要は、解決には「経済的な問題」と「ハピネスの問題」への対処が必要なのではないでしょうか。

 先ずは、経済的な問題です。端的に申し上げると、仕事内容を分解、その質を計測化し、それに見合った評価を与えることだと思います。言葉ですと当たり前のことですね(笑)。実は、これは大変難しいことであることは私も痛いほど知っています。まず平等な計測が難しく、それを評価に結び付けることはさらに難しい。しかし、既に世の中では、例えばYou Tuberが閲覧数をリアルタイムで計測出来、広告収入もそれにダイレクトに連動し、時間単位で仕事の評価がフィードバックされるという時代です。良いか悪いかは別にして、ネットで評価される仕事は、非常にやりがいを感じる(こともある)環境なことは間違いないです。会社組織は当然going concernで、数年や10年越しの中長期の課題や研究開発にもしっかり軸を置いて評価していかねばなりませんが、まずは一人一人の労働を分解し、その「付加価値労働」の成果を平等に評価していくシステムをしっかり整えることが先決です。最近、事務作業に追われて、満足に教育や論文の執筆に集中できない大学や学校の先生の話もニュースで散見されますが、全く同じ問題ですね。

 例えば、あるビジネスユニット単位で従業員の各レベルとパートまで含め付加価値労働と作業のバランスの再構築によって、残業せずとも、それ以前より仕事の一つ一つのクオリティが飛躍的に向上した部署があるとします。残業代を減らすことでその部長レベルの評価が上がったとしても部署の人たちにとっては所得(残業代)が減るのは完全にマイナスであり、再び何等かの理由で残業をするようになり、部長が評価されて他の部署に回って新しい部長が来た瞬間に、おそらくは全てリセットされてその前の状態に戻るでしょう。つまり、「仕事を効果的に再構築」しても、それに対して成果、評価と給与・賞与の連動をしっかりさせないと全く意味がないということです。給与が、成果にほとんど連動しない、過去の平等主義的な日本企業モデルであった場合、合理的な従業員であればあるほど、会社の成果との疎外感を感じるので、付加価値労働を最小化(言わば、“疲れ”の最小化)し、作業のインターフェイスを高度化(ブラックボックス化)します。給与は所与ですので当然ですね。これは明らかに個人の問題ではなく“システム”の問題です。経済全体、市場が伸びていて「昇進」の機会が増える時代で機能したシステムをそのまま継続することは危険です。

 実際問題、このように慣習化、システム化された根の部分にメスを入れるのには、多大なエネルギーが必要で、誰もそのような恐ろしいことに手をかけたくないですね。しかしそこを変えないと結局は全体的な地盤沈下になり、結果として優秀でやる気もある従業員達の自己実現の機会さえも奪うことにもなり、帰属意識をさらに極限まで低下させる危険をはらんでいます。このような厳しい作業を最も推進出来る立場にいるのは、やはり経営陣のみでありましょう。しかしながら、例えば仕事と評価システムの再構築がうまく行ったという場合でも、各人の業務水準の改善が本当の全体の成果(言わば会社全体の利益や収益性の改善)に結び付くには早くて1-3年の時間がかかります。その間、先に給与や賞与の会社全体のグロスの金額を先に増やすのは非常に困難でありましょう。そのときに便利なのはやはりストックオプションだと思います。株式市場を「投機」の市場とみる見方はもう過去のものとして、反対にそれを上手に利用することが肝要です。

 そして、本質的に、より困難な問題は「ハピネスの問題」でしょう。「ハピネス」の考え方も多様化・分散化している現代、それに会社組織が迎合していくのは本末転倒です。ただ、融和点を見出すことはそんなに難しいことではありません。「働き方改革」は、本当はそのことを意識しているはずでしょう。仕事の内容が見える化され、分解されれば、会社で周りの社員と一緒に働くことが効果的な業務と、反対に、一人で静かな空間で必死に脳みそを働かせることの方が効果的な業務など様々な切り分け方が出来るようになります。数十年前のように、情報が不足しているからこそ、「集まる」ことによって不安が減少し、情報集積もあり、集団エネルギーが発揮される傾向は今の時代は特に強くありません。逆につながっている時代だからこそ「個」の自由をさらに羽ばたかせることで、有機的な付加価値に結び付く可能性が増える(柔軟な思考で多くの有効なアイディアが出る)ことは否定できません。例えば、グーグルでは、多くの中間管理以上の職種で、完全フリーアドレスで、東京の従業員が、アメリカ本社で1か月働いても、香港で働いても、仕事上で効果さえ上げていれば、誰も何も言わないようです。多くの拠点の人材を自ら動いて巻き込み、束ねてみることで、新しい付加価値を生むことを会社が理解しているのでその「自由さ」が推奨されてすらいます。

 また、先ほど、業務効率化によって雇用の問題になりかねないので踏み切れないリスクについて少し記載しましたが、例え業務が大幅に効率化されたと仮定しても、企業の収益性が改善すればその雇用は成長のために新規分野に投入できることになりますし、例えば少し時間の空いた個人の副業を認め、収入は少し低下したとしても自由な就業体系を導入することで、そういった個人が別の環境で輝く(別の収入を得る、もしくはボランティアなどで活躍する)ことが可能となるのです。そのような「働き方」を選択肢として提示してくれると、個人のハピネスはどう変化するでしょうか?興味深いテーマですね。少しトライしてみてはいかがでしょうか?

そして「顔」のこと

 しかしそのような分散化する社会の中で、反対に、帰属意識を高める企業努力はより一層必要になるはずです。社員旅行や、イベント、飲み会などは昔から日本企業の得意な手法で、会社によって効果がある場合とそうでない場合など多様であると推察されますが、これからの「会社」がそこに一緒に存在する人々の帰属意識を高めるために意識した方がいいと思われる大事なことは、対外的にも対内的にも経営者や経営陣、さらにはもっとミクロレベルで様々な「顔」を表現し、お互いが人間的に近くなることだと私は感じています。誤解を恐れず言うと、会社の個性を表現する「顔」のコンテンツ化です。

 ピアツーピアという言葉がより使われるようになりシェアリングやインスタグラムなどで個人がフィーチャーされることが劇的に増えた時代、その「顔」(言ってみれば、個性、生き方、哲学、パッションなど全てを含む意味での「顔」)を経営者や会社自体も出していかないと、求心力もなく、「何のために会社に行くのか」の意味が低下し、個人の意識が分散化し、組織のつながりは急速に希薄化します。生きる手段としての収入を得る方法が多様化し、自由度が増している中、単に収入を得るために会社に行く、ということの重みが相対的に低下しているのです。反対に経済的な理由以外の理由、より情緒的、人間的なもの、の重要性が増している状態です(そうでないと“自由を獲得した”優秀なヒトを企業は引き止められなくなりつつあるのです)。「現象としての会社にわざわざ行く意味」を、一度スクラップビルドしてみるべきではないでしょうか?

 横道にそれますが、米国のトランプ大統領は、Twitterを多用する、ある意味、新時代のトンデモない大統領です。深く考えずに綴っていると見受けられるコメントも多々あり、時々下品な表現もあり、対立構造をあおることも多く、問題となっていますが、ある意味その責任も含め全て自分の「顔」で語り勝負する姿勢は、潔いという一面も否定できません。一部熱狂的な支持者が居るのは彼のそのダイレクトでストレートな「人間勝負」という点に魅了されているからでしょう。インスタグラマーやYou Tuberなどでインフルエンサーと呼ばれる人種が出現するのも全てその個人(ヒト)が、自分の「顔」で勝負していることに起因します。例えば誰も新しいアニメキャラクターが動き回って素晴らしいことをYoutubeで言っても最近の世の中ではすぐに葬り去られます。本当のヒトの「顔」、その活動の「今」を切り取っていることにみそがあるのですね。

 閑話休題、とにもかくにも、会社のリーダーがいつも慈悲深い、素晴らしい性格の、笑顔のリーダーである必要は全くない訳ですが、その個性、人間臭さとパッション(この会社は社会でどういう役割があり、何を全うしたいかというパッション)を常に発信し、この会社組織に所属していることが特別である、という「事実」をしっかりと従業員に意識させることは、この分散化する時代の中での経営者及び、組織の要点に位置する人々に求められるようになってきた全く新しい資質なのだと思います。勿論そこに経営者ご自身の強い信念がなければ逆効果です。様々な人生の目的があり、その選択肢がさらに急激に拡散する中、会社との距離感も人それぞれです。その状況を所与とした上でも、「日々会社に行って、人生にプラスである」と感じさせるエモーショナルなものが以前に比べてものすごく必要なのです。岩井克人先生は、「会社はこれからどうなるのか」という2003年の著書でこれら一連のことを「差異性を意識的に創り出していくこと」と述べておられます。まさにその通りなのだと思います。

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 前段の、見える化された評価に対する成果の話やオプションの件などは、ハピネスの一つの重要な要素だと思いますが、あくまで一つにすぎません(投資家として企業の皆さんとお話するときは、勿論ここは大切と主張させていただきます)。個人を輝かせる工夫を凝らし、経営者の「顔」を見やすくすることによって、従業員が、会社の意義、仕事の意義について共感しはじめると、「顔」というものを持たない、法人という言い方で擬人化された「〇×株式会社」そのものに「顔」のような個性が自然とにじみ出てくるのではないかな、と感じます。その「顔」を取引先や顧客などが感じ始め、従業員もさらに意識するようになると、自己強化プロセスに入り、ポスト産業資本主義時代の新しい株式会社として、強い魅力を発するのではないでしょうか。そこでは従業員一人一人の「顔」も輝いているはずです。

 私も、皆さんの2018年の「お顔」を拝見出来ることを楽しみにしております。

今年も何卒よろしくお願い致します。

2018年1月3日

ひびき・パース・アドバイザーズ
代表取締役
清水雄也

※本文章は清水雄也個人として記載した現時点の心象や考え方などを綴った私的な文章であり何等行動を喚起する目的で書かれたものではございません。