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上場企業の意義 (2)

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上場企業の意義 (2)

 Hibikiの清水雄也です。皆さまお世話になります。前回は、上場の意義について東証の市場改革と合わせて触れさせていただきました。まさに市場の自浄能力強化が企図されている今後の方向性、企業はどう対峙していけばよいのか、私なりの以下のような選択肢をご紹介したところで終わっております。

1.  とにもかくにも、取締役や従業員に株式報酬型の報酬体系を導入する
2.  自社の株価が本源的価値より低いと思われる場合、株価を上げる
3.  攻めの施策で事業価値を上げる
4.  上記 1.2.3.を全て同時に行う(もしくは組み合わせで行う)
5.  株主が声をあげるまで何もしない
6.  非公開化(含、MBO)や他社の傘下に入ることを検討する

 大前提は、市場の参加者である投資家は常に「リターン最大化」に向けて投資機会を探し、知り得る情報を基に合理的とそれぞれが考える行動とるということです。妥当な評価について、実のところ、投資家間でも常に様々な見方が並立します。誰が正しいということではなく、見る角度・その解釈・そして最も重要な「時間軸」が異なるためです。今回の視点は「長期で株式を保有したい」と考える投資家からの目線となっています。このことを念頭に各選択肢を見てみましょう。

1. とにもかくにも、取締役や従業員に株式報酬型の報酬体系を導入する

 今や多くの企業で採用されている株式報型の報酬制度ですが日本経済新聞(2019年5月28日付)によると導入数は2019年6月末に1500社強と前年比で約2割増え、上場企業の40%超を占める見通しとのことです。特に近年導入が目立つのは3から5年に売却できる条件付きの「譲渡制限付株式報酬」で、約600社(前年時点での導入済み件数の1.7倍、全上場企業の15%)で導入される見通しとのことです。経営に株主目線が自然と導入され、譲渡制限や行使期間を長期に設定することで、足元の業績のみならず将来の成長に幹部の目が注がれることになります。

 既に多くの企業で採用されれていますが、個別に見てみますと、まだその金額の規模感はかなり小さいケースが多いように見られます(総会で承認された分の枠を使い切っていないケースがほとんどです)。取締役の株式報酬と同時に従業員や幹部への、年収の1/3-1/2以上の理論額のストックオプション付与も、インセンティブとして効果的と考えます。付与額が小さすぎる場合はそのコストとベネフィット(従業員の目の色を変えさせる)の相関が小さくなってしまう懸念があります。時代性からして株式報酬やストックオプションの導入が増えていることは喜ばしいのですが、それが、単なる表面的な導入にとどまらず、実効性の高いものになるよう、ご検討いただきたく存じます。


2. 自社の株価が本源的価値より低いと思われる場合、株価を上げる

 「株価を上げるなんて小手先技である」といったご意見も聞こえてきそうです。そもそも、何故株価を上げることが選択肢なのか、については本メッセージシリーズの 2016年11月28日「何故株価を気にする必要があるのか」に詳細に記載をしていますが、一言で言うと「(株価が低迷しているという)尻尾が頭(企業の評価やイメージ)を振る」状態に陥ることを未然に防ぐということが究極的には大きいですが、ただ、その前に、上場3600社余りの中で、会社自ら企業価値(理論株価)を算定されているケースがどの程度あるでしょうか?

 株価を上げるというのは現象面のことですがより本質的なのは「(この低株価に甘んじてはいけないという)経営陣の危機感を明示する」ことです。仮に会社自らが見ても市場から高い評価を得ている企業は現状のIR活動を継続すればいいでしょう。反対に、活発なIR活動にも拘らず株価が取締役会から見て不当に低く評価されている場合、またその最たるものとして時価総額が時価純資産を下回る場合(PBR1倍未満)には、例えば、自社株買いや純資産配当率をX%と市場にアナウンスするだけで、市場参加者は、経営陣が現在の株価が彼らの妥当と考える価値に比べて低すぎると判断していること、株価が低評価に甘んじてはいけないとの危機感の表明と感じます。

 また実務的には、自社株買いにより高められた一株当たり利益、一株当たり純資産(PBRが1倍未満の場合)によって、評価指標(PERやPBR)が自己株買い直前の水準で維持でされるとした場合、株価は上昇します。また流通株数減少により需給関係の改善させることも相まって、株価に良い影響があります。また、株数が減るので自動的に一株利益が増え、配当性向がそのままであると一株配当も上昇し、株主は歓迎します。

 では株主還元を行う財務余力がない場合はどうでしょう。その場合は小手先ではなく、抜本的に3.の「事業価値を上げる」方策を考えること以外の選択肢はないでしょう(「何もしない」という選択肢は常に存在していますが)。この、株価に関する議論については、今回の文脈の場合では、例えば、政府関係者の方々が考えるような「マクロ的」な視点でも、株価を意識する会社が増えることによって、より正当な評価を得る企業数が増え→国富が増し→GDPも増加する、ということでしょう。資本市場を大きいエコシステムと考えたときに、一人ひとりの参加者の意識が改善し、不当なディスカウントから自社を解放させようとすることが全体の解をも改善させるはずです。

3. 攻めの施策で事業価値を上げる

 「攻め」、「事業価値を上げる」というのも投資家が言うと大変無責任に聞こえます。言うは易しの典型的な事例ですね。

 問題は、「事業価値を上げる」ということが、「今現在のキャッシュフロー並びに利益を増やす」ということ必ずしも合致しないことです。企業のライフサイクルで見た場合、合致しない局面(タイミング)の方が多いかもしれません。端的に「例えば、今の利益を犠牲にしてでも将来のための投資をすること、あるいは、構造的に問題と考えられる事業から、減損など痛みを伴ってでも撤退すること」の方が(株価は上がらずとも)本質事業価値の向上に繋がるケースが多いことを経営者の皆さまは直観的に理解されながら、時間軸を四半期から1~2年の短期で置いている(より短期目線の)投資家にも評価されないといけないというプレッシャーを同時に感じられていることです。前回の投稿(上場企業の意義(1))でもインドネシアの経営者が、長期で事業価値を著しく向上させると考えられる攻めの施策を株式市場が評価してくれないと嘆いておられました。

 市場に様々な特性の投資家がいて流動性があることが市場の最大のメリットでありますので短期投資家の存在自体を否定することは本末転倒ですが、相手にするかしないかも含め一つの大切な経営判断かと思います。「事業価値向上に資する正しいことを実施している(つもり)にもかかわらず株価が下落する」という現象を経験されていない経営者は皆無と思えるほど、市場は往々にして情報や戦略を誤解をします(短期的に利益が出ないことは株価が下がるもの、という規定概念もあります)。しかし、「その施策の時間軸を明確にし、明白な結果を出す」ことで、実はおいおい時間が解決する問題かと存じます。その結果も、表面上の利益ばかりとは限りません。特定の市場の支配であったり、圧倒的なシェアでも結果となりえます。

 では結果が出るまでの間はどうすればいいか、特に株価が大きく下落などしてしまっている場合です。

4.上記1.2.3.を全て同時に行う(もしくは組み合わせで行う)

 本質的な企業価値向上策を施しているのに短期的に株価が下落してしまい、市場が明らかに誤解をしていると推察される場合はそれこそ、企業価値と表面価値の乖離が広まったことになります。これは絶好の自社株買いの機会以外の何物でもありません。

 では反対に、低下した株価を放置するとしましょう。当然度合いにもよりますが(その判断の蓋然性のためにも理論株価算定が必要です)、理論株価との差が大きく広がっていると推測される状態を放置することは、先ずは市場の見方が正しいと暗に認めてしまうことにつながり、そしてそのような割安状態を(意図せざるとも)保持することで買収やアクティビスト投資家の標的にされてしまうことにもつながりかねません。

 中長期の成長に向けての投資は説明の仕方如何で市場の印象が大きく変わります。その誤解を最小化に留めている例が、2019年1月4日のメッセージでご紹介したアマゾンです。ディスクロージャーについては決して素晴らしい訳ではありません。ただ、「顧客を優先する、長期的視野を優先する」という強いメッセージとAWSというプラットフォームに各事業が機能補完をするシナジーによって優れた投資実績に結びついており、利益も意図的に抑え、株主還元がほぼゼロであっても、市場から極めて高い信認を受けています。

 彼らは上場以来ほぼ一貫してそのメッセージを貫いており、やはりその一貫した「狂信的ともいえる姿勢」に対する評価の部分も大きいと感じられます。なかなかそのような理想論ばかりは難しいのかもしれませんが、企業価値向上に資する、と経営者の皆様が感じられることを信念に基づき実践され、力強く投資家に叩きつけること、実施いただきたく存じます。

 最初は当惑する投資家も多いかもしれません。しかし、そのような姿勢を前向きに評価する投資家は市場には必ずや存在します。そういった、より長期の施策を見据えて投資する投資家をファンにさせ、株主にすることで企業価値向上の相互信頼のスクラムともいえる状況を作り出せます。それでも尚株価が下落して市場が誤解していると考えられるときこそ、まさに合わせ技が生きるタイミングでしょう。

5.何もしない

 これまでに概ねの結論は出ていますが、現在日本では上場基準の見直を通した市場の自浄作用を高める検討が進んでいます。中長期の取組を財務・非財務の視点から中長期の価値創造への道筋を記載することを求める統合報告書の導入の流れもその一環でしょう。上場している意義を一層問いただされる時代がそこまで来ているといってもよいでしょう。

 また、例えば、今6月の総会での株主提案の件数は一昨年と比較して54件と29%上昇しており、株主が一層企業に対して声をあげる時代となってきています。良し悪しは別にして、市場参加者の企業経営への関心は一層高まりこそすれ減らないでしょう。

 世界全体のスピード感が早まる環境下、「何もしない」ことで会社の評価が高まるといった事例は少なく「まかぬ種は生えぬ」、さもなければ「非公開化(含、MBO)や他社の傘下に入ることを検討」すべしとの風当たりが一層強まると考えられます。これは、上場企業の宿命、として受け入れざるを得ない事実ではないでしょうか。


6.非公開化(含、MBO)や他社の傘下に入ることを検討する

 前回のメッセージ「上場の意義(1)」で触れましたが、上場のメリットとしては市場での資金調達が容易に行えること、また取引における信用力の裏付けといったものがあろうかと思います。一方で非上場化のメリットとしては、株主への説明に係るコスト(手間)を大幅に削減でき、上場時には難しいと一般的に感じられる改革を大胆かつ迅速に行うことができ、足元の株価に惑わされず経営に集中ができることが挙げられます。もちろん双方のメリット・デメリットを天秤にかけ企業価値により寄与する選択肢を採ることが企業としてのあるべき姿であると考えます。

 2011年度にかけて一気に増えたMBO件数ですが、近年になってまた盛り返しており、2019年は5月の段階で5件とTOB件数の1/3超となっています。事業承継、上場基準の厳格化、株主からの企業に対する上場意義の問いかけに呼応する形で、市場求めるペースでの企業価値の向上や企業としての価値創造あり方を検討するにあたってMBOを含む非上場化が解となるケースが今後増えてくるとみられます。


 今回も長々と書かせていただきました。株価(企業に対する評価)は市場が決めるものでありますが、その市場の判断・印象を左右するのは経営者が市場とどう関わるかという姿勢であるといえます。力強いメッセージの発信、取組と価値創造の説明も投資家の感じる不確実性の低減につながり、中長期では企業の評価向上・株価上昇につながると考えます。

 企業価値向上の最適解として他社の傘下に入ることや、あるいは反対に他社を買収すること、または非上場を選ばれるケースもでてくるでしょう。他社の傘下に入ることも決して恥ずかしいことではないと考えます。モノは言いようなのかもしれませんが、極限状態の救済型買収は別として、他社が買いたいと思えるような企業に作り上げた実績は恥ずべきものではなく、反対に経営者として評価されるべきものではないでしょうか。

 上場基準の変革はまさに、それぞれの企業にとって価値最大化に向け、上場の意義を再検討させる機会となるものと考えます。ぜひこの機会を好機としてご活用下さい。

 今回も長文お読みいただき有難うございます。引き続き宜しくお願い致します。

Hibiki Path Advisors Pte Ltd
ひびき・パース・アドバイザーズ
代表取締役
清水雄也