Hibiki Path Advisors Website

Equity investing and advisory business

今回の株主提案に寄せて

, …

今回の株主提案に寄せて

 3月28日、三陽商会の株主総会が開催され、私も27年来愛用するPaul Stuart(三陽商会製)のジャケットを着て出席させていただきました。私共、Hibiki Path Advisorsによる株主提案は、残念ながら否決されました(詳細につきましては前回の3月6日のメッセージを御覧下さい)。とはいえ、会社側から株式報酬の議案も提出されるなど、前向きに評価できる点もありました。また、株主総会後も引き続き経営陣や経営幹部の皆様と建設的な対話と議論が継続できる土壌はできていると実感しております。

 今回、沢山の方々に応援や議論、厳しい反対意見も頂戴し、その全てが糧となり、三陽商会にとっても私共にとっても、将来につながるものとなっております。改めてご意見頂戴した皆様には心より感謝申し上げます。

 今回の私共の株主提案により、私共自身も多くの「気づき」を得ることができました。その中で4点、ここに記させていただきます。事業会社の方々が御覧になる場合と、投資家の方々が御覧になる場合とで印象や捉え方も違うのだろうと推察しますが、少なくともこの「気づき」を皆様とシェアすることで、市場が活性化の一助にはなるのでは、と期待しております。

 先ず、「会社側の経営を応援しながら株主提案をする」という構図は成立する、ということです。世の中には、「総論賛成、各論反対」という事象が日常的に存在しています。今回の提案も「事業の再生は応援するが、株式報酬と市場にも配慮した長期的な視点での配当増をお願いしたい」というメッセージであり、原則的には経営陣を応援する内容とさせていただきました。その趣旨を経営陣にもご理解いただいていたことで、過度な対立やメディア等による煽りに発展することなく建設的に議論が出来たと実感しております。また、決議の行方は別として、同種の議論は今後も株主から多くの企業に提示されるべきだと思います。提案が行われたことで、経営陣のみならず、会社の現場の皆様や、他の株主にも、「株式会社という存在について改めて考えてみる」機会が提供され、良い意味での緊張感が醸成され、経営陣の皆様の思考回路にもインパクトがあると実感することが出来たからです。株主提案にも様々なタイプものがあることは変わりませんが、株主が株主総会で議案を提案をするという行為が、経営者の皆様にとって「一重に対立的なもの」として捉えられる時代は既に過去のものとなったのでは、との「気づき」を得ました。

 次の「気づき」は「議決権行使率の増加」です。実際、三陽商会の2017年度の株主総会で議決権行使を行った株主は、全議案の平均ベースで発行済み株式総数の69.4%でした。日本の上場企業の議決権行使率は、近年概ね65%~75%程度であり、決して高いといえません。「無関心な株主」が増え、議決権行使率が下がると、持ち合い関係に象徴されるような「安定株主」と言われる株主の重みが必然と増し、ガバナンス構造の緩みにもつながりかねない、実は大きな問題です。今回、三陽商会の2018年度の議決権行使は77.4%(全議案の平均)と、昨年度より8%も増加しました。これは、株主提案があったことにより、招集通知に真剣に目を通し、自身や会社のために何がベストなのかを考え、議決権を行使する株主が増えたことによる効果が大きいと理解しております。より多くの株主が議決権を行使するという事実自体が、会社への期待感の現れであり、経営陣にとって「良い意味のプレッシャー」になることは間違いありません。

 3つ目の「気づき」は、株式報酬についてです。三陽商会は3年連続の赤字であり、斯様な状況の会社が、現行の報酬に上乗せする形で株式報酬を導入することに株主から反発がないか、私共も懸念しておりました。そのため私共のホームページでも、株式報酬がいかに経営者と株主の目線を合わせて経営に株主の視点を盛り込む上で(業績回復が至上命題である今こそ)大切か、主張をさせていただきました。株式報酬が会社案としても上程され、私共の提案の内容が会社案と根本的な内容の差が小さく、検討の末、最終的に私共の案につき総会前に取下げの意向を伝えたこともあり(取下げ自体は受理されず)、株主提案による株式報酬は大差で否決されましたが、会社案の株式報酬は85%近い賛同を得て可決されました。これは、会社の状態に関わらず、株式報酬が、(勿論その設計内容によりますが)「善」である、と市民権を得たということの証明とも感じております。改めてこれは素晴らしいことであり、働き方改革と合わせ、日本の企業活力に大きなプラスの影響を与えるものと期待しております。いわゆる「時価総額経営」が全てに勝るとは到底言えませんが、少なくとも企業の通信簿の一つであり、それに経営者の報酬が連動することは、資本主義の社会においては、しごく合理的な評価体系であると考えます。

 最後に、配当及び株主還元についてです。私共の提案の一株80円配当の議案は11.5%の賛同を得るに留まり、敢え無く否決されました。三陽商会が180億円を超える現金預金と130億円を超える投資有価証券を有していることを鑑み、また投資を積極化されていく状況と低迷する株価を踏まえ、配当についても40円の増配(総額5億円の配当金支払い増)をし、業績が急激に悪化する前の水準に回復させる意義は大きく、財務的にもサステイナブルである、という私共の見解は、多くの機関投資家や事業会社株主に響かなかったことになります。80円の配当は純資産配当率(Dividend on Equity、通称 “DOE”)で2%程度であり、サステイナブルな企業であれば至極当然の配当水準となります。私共の他の投資先でもごく一般的に取り入れられている水準です。しかし、今回多くの賛同を得られなかったことから、個別の企業の財務や利益の状況をもって、どのような配当水準がサステイナブルなのか、という点に投資家サイドのコンセンサスがまだ形成されていない状況なのだろうと「気づき」ました。また配当は株主資本からの流出であり、実質としては「付加価値の増大」には結び付きません。外部へのキャッシュ流出を防ぎたい、と考えるのであれば、株価が一株当り純資産価値を大きく割れている場合は、自社株買いの意義は大変大きいと考えます。当該状況は三陽商会にも当てはまると考えます。いずれにせよ、①自社の将来のために(何に)投資するのか、②自社株に投資(自社株買い)するのか、③配当として支払うのか、株主資本の使い道の選択肢は幅広く、その正解も企業によってもそのタイミングによっても変化します。難しい問題です。しかし、取締役会が「なぜそうするのか」という根本をしっかりと見据え、討議し、責任をもって結論を下すこのプロセス、そしてそれを株主が温かくも厳しい目線で評価すること、一言で言うと、「資本主義の大原則に立ち返って各々の立場でベストを尽くすこと」は、健全なプロセスであることは間違いありません。私共自身も、配当にこだわることもなくバランスを重視して、経営者の皆様と議論をしていくことを心がけています。引き続き必死に考え、投資先の皆様と建設的な対話を心がけていきたいと思います。

 そして、三陽商会の皆さま、お騒がせしました。今後も期待しております。

Hibiki Path Advisors Pte Ltd
ひびき・パース・アドバイザーズ
代表取締役
清水雄也