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“働き方改革、意識革命、企業経営について”

約 14 分

投資先経営者の皆様、

 
 ひびき・パース・アドバイザース清水雄也でございます。いつもお世話になっております。貴社の株式を長期保有前提で持たせていただいております。今回は、皆様が日々悩まれている、働き方改革について書きたいと思います。壮大なテーマですし、本格的に手を付けるには社内抵抗も大きく、コストもかなりかかる問題で悩まれている方が多いと認識しております。全く勝手な私見で恐縮ですが、いつもと同様、お読みいただいて、何らかのヒントにしていただけることがあれば幸甚です。

 さて、私の好きな概念にhistorical path dependenceというものがあります。日本語では“歴史的経路依存の法則”とでもいうのでしょうか。よく使われる例は、今でも私どもが触らない日はほぼない、コンピュータのキーボードです。現在でもデファクトとなっているQWERTY配列ですが、タイプライターが発明された当初の1870年代に、早く打ちすぎるとキーが絡みあい故障することが解決困難な技術的課題となっており、人のタイピングの速度を意図的に落とすためになるべく早く打ちづらい配列にした結果、決して最適でないQWERTY配列が現在でも残っているという逸話があります 。注1

 どのような社会も、そしてその中に存在する企業群も過去の歴史的経路に大きく依存をしながら現在を過ごしています。特に日本の企業システムで言うと、第二次大戦とその後の高度成長期を経ることで特異の成長を遂げてきました。そしてその必然として、時代背景などが大きく変化しても、慣行・慣習と化した行動原則やモノの考え方から変化することが困難となっています。その行動規範がグローバル規模で普遍性の高いものであれば、前述キーボード配列のように例えベストな解でなくてもそれを変えるインセンティブはなくなり、デファクトスタンダードとして半永久的に存続していきます。後世まで残すべき、古き良き慣習のような事柄も勿論沢山あります。しかし、めまぐるしく変化する資本主義社会においてそのような幸運なことはめったになさそうです。企業、そして私ども個人はそういう世の中に生きています。

 最近、激しいグローバル競争と技術革新が続く中で、労働人口の極端な減少に見舞われる日本において、「働き方改革」というスローガンが声高に叫ばれています。一億総活躍社会という輝かしい標語も実に耳障りはいいのですが、物流や外食産業で既に直面しているように労働力の減少は実に差し迫った問題で、既存の考え方を打ち破る抜本的な意識改革が必要です。しかし、そもそも「働き方改革」とは何なのでしょうか? 企業経営者にとってこれは何を意味するのでしょうか?僭越ながら再び私見を述べさせていただきます。

 言葉は悪いかもしれませんが、これは私から見ると「既定の考え方を打ち砕いて付加価値を向上するための(良い意味での)方便」だと思います。

 日本の労働生産性が相対的に高くないことはよく知られています。2016年の一人当たり労働生産性は81,777ドルでOECD加盟35か国の内、20位となっています。単純化してマクロ的に言うと労働生産性は、GDPを労働投入量(就業者x時間)で割ったものですが、ミクロ的には付加価値額(利益+人件費+償却費)を労働投入量で割ったものになります。

 今まで、バブル崩壊後、低成長移行と共に付加価値額が減少する中、必死にリストラなどをして人件費を減らすことで利益水準を維持しようと試みてきたのが典型的日本企業でして、終身雇用の理念のもと、欧米諸国より人件費が固定化しやすい日本の特徴として、苦肉の策としての雇用の非正規化が進んだ結果となっています(2015年において25歳~34歳の層では非正規比率は男性で全体の16%、女性で41%となっています)。

 ここで、労働一つ取っても多くの分野があるので、議論の明快化のため、いわゆるデスクワーカーの分野に的を絞りたいと思います。日本の付加価値の屋台骨である製造の現場はそれこそ、非正規の増大、そして円高による工場自体の海外移転など、産業単位、企業単位で過酷な努力が継続されてきたという実態がありますが、デスクワーカーの現場では、付加価値自体が伸びない中、生産性が上がらず、長時間勤務が常態化し、給与も増えず、従業員レベルの幸福度が低下するという極めて複雑にねじれた現象が方々で起こっているという実態が見て取れます。

 この背景には事業の複雑化、煩雑化そして業務自体のオーバーホールのサイクルといった問題が隠れていると存じます。事業が拡大する過程で必ず起こる問題ですが、様々な業務が複雑化・ルーティン化する中、過去のやり方を踏襲しつつ新しいやり方をパッチワークのように加えていくと、そのうち「効率が悪いが業務フローに入っているため何となく前任者から継続されている」ような類の業務が沢山出てきます。それがさらに多業務間で複雑に絡み合い、問題の所在が分かりにくくなってしまいます。

 まだ総勢6名の弊社でさえ創業から2年で幾度となくこのようなことを経験し、業務フローをスクラップアンドビルドし、創業時から5倍以上となった業務量をこなしていますが、そのための従業員の意識改革も毎回並々ならぬものとなっています。

 さて、上場企業の経営者の第一義的な責務として(長期の一株当たりの)株式価値の最大化がありますが、そこには売上、数量及び価格、の拡大、そして費用のコントロールや上記の業務効率管理などが組み合わさり、ROAやROE、さらにはEPS、BPS(一株当たり純資産)、配当といった財務的な指標で観測されていきます。しかし、そういった財務的な指標も、元をただすとすべてその企業で働いている人々(経営陣、管理職、従業員、パートタイマー等)の細かいバリューチェーンによって紡ぎだされている数字であることも紛れもない事実です。

 ここで、終身雇用という慣習が過去数十年紡がれてきた日本企業の経営者の方々から特に指摘される哲学的な問題として、従業員をはじめとするステークホルダーをないがしろにして利益のみを追い求めることは、「悪」ではないか、ということです。私も「のみ」は悪だと思いますが、ここでの「のみ」の定義化も困難であることも事実です。利益のない事業は、サステイナブルではなく従業員の雇用もサステイナブルではありません。私は本件を対立概念に仕立てる方が難しいと感じています。かのピーター・ドラッカーがその著書、「マネジメント – 課題・責任・実践」(1974)の日本語版の序文に以下のように記載しています(抜粋)。

本書は経営の「社会的責任」と「利潤」との間には、いささかも基本的対立のないことを主張している。逆にもし経営者が「“利潤の確保”こそ第一の社会的責任である」ということを認識し損なうなら、それは経営者の資格要件を問われるほどの決定的な誤認である。 …….. 利潤はたんに企業経営者や投資家が「手に入れたいと願う」何ものかではなく、それは経済社会全体が必要とする何ものかである。ちなみに共産主義社会ですら資本主義社会と同じく利潤を必要としている。 …….. 一つの社会をとってみると、ある時点でその社会の企業全体の五分の二程度が赤字を余儀なくされているであろう。そして全体の三分の一は、通常なんとか採算を維持する程度に運営されている。したがって黒字の企業は、つねに数においては彼らより多い赤字企業の分をカバーせねばならぬ運命にある。 …….. アメリカ人がこれまでそうであったように、「利潤」が投資家や企業の経営者のみの追い求めるものと考えるのは、無責任きわまる態度である。しかしまた多くの日本人やヨーロッパの企業経営者のように、それを「汚い用語」だとして、なるべく考えようとしないのも同じく無責任な態度ではなかろうか。

 重みのある言葉です。40年以上たった現在でも色褪せず、はっとさせられます。さて、そういった中での、今回政府から突如始まった「働き方改革」はその使い方、考えかたによって、経営者や企業に多くのチャンスと「長期的視野の利潤」をもたらすものであると確信しています。勿論、短期では費用やエネルギーの投入から、そうではなく見えるかもしれませんが、長期目線で見た場合、株主価値最大化との親和性も高い改革となり得ます。

 少し横にそれますが、弊社が本社を置くシンガポールでの例を見てみましょう。シンガポールは1965年8月にマレーシアから追い出されるように独立した華人系中心の島国であり、リー・クワン・ユーの類まれなる政策立案実行能力で見事な発展を遂げたことはよくご存じのことと思います。多くの称賛に価すると同時に、その陰で多くの歪みがあることも事実です。国家を企業のように運営した崇高な(ある意味)独裁者が労働の問題にどう対峙したのか、興味は尽きません。

 天然資源もなく小国のシンガポールにとって独立当初からの課題は国家の競争力を強化する手段が150万人の「人材」にしかなかったという紛れもない事実です。実際、日本でも戦後から高度成長に至るまで、人材は貴重な資源であり、企業としてはいかに会社の価値を長期で拡大するような雇用関係が築けるか、という問題意識で、終身雇用と年功序列的な給与、昇進慣行が定着したのですが、シンガポールは同じ問題を正反対のアプローチで対処しました。それは、社会的上昇の機会を全ての人に、年齢、性別、人種関わらず平等に与え、個人はその能力に応じてチャンスを掴む、という徹底した能力主義でした。半面、終身雇用(そしてその後の定年)という概念は存在しません 。注2

 その結果、一つの例で、昨今日本でも話題となっている女性参加率ですが、現在でもシンガポールでは仕事面での男女格差はほとんどなく、2017年調査のGender Inequality Index注3 でシンガポールは世界で9位(日本は19位)となっており(順位が高い方が格差が小さい)、賃金格差も2013年時点でフルタイム就業者の間では男性100を基準として女性88.9となっています。注4 女性の社会進出を助けるために1978年より「外国人メイド計画」を国家が主導して環境も整え、2017年現在管理職の36.6%、雇用主(社長及びオーナー)の26.5%が女性となっており注5 文字通り、輝く経営者、管理職の女性が数多くおられます。

 このように女性の件一つとってもそうですが、労働市場(さらに言うと知的労働)で、民族・宗教・年齢・性別の属性に関わらず、同じ仕事には同じ報酬(付加価値の高い仕事には高い報酬)、という原則が徹底されたのです。ただ、その弊害として、超学歴競争社会になり、学歴も高く出世意欲の高い女性が仕事を辞めたがらないため、出生率は日本より低い状況に陥っていることも事実です。シンガポールでは移民の推奨によってそれを解決しようとしています。

 この事例からも分かりますように、シンガポールの成功の道筋は日本の成功とは異なり、野心と向上心と才能のある人材が、能力のままにはばたく環境を国家が与え、様々なレベル(国家、企業、個人)がそれを最大限に利活用したことに尽きます。人材の活躍なくして今のシンガポールはなかったのです。

 日本における「働き方改革」は、ここまでドラスティックな問題提起ではないでしょうが、少子高齢化が進む現代において、終身雇用(そして定年)を前提とし、20歳前後から60代までの固定化した勤務体系、給与体系、評価体系をぶっ壊す理由を与えてくれています。女性の社会進出、そして元気なシニア世代の再雇用などをさらに拡大し、それをサステイナブルな企業価値の最大化に結び付けるためには、多様な価値観に基づく働き方(時間、勤務地、在宅、副業、休暇、産休・復帰等)を許容する必要がありますし、当然、社内での、従業員の働く目的も多様化しており、集中的に仕事をした後に趣味に没頭したい従業員もいれば、副業に精を出す人もいれば、それこそ熱意をもって寝食を忘れ事業拡大に意欲を燃やす従業員もいるでしょう。業務も、集団的合意形成による意思決定が中心となる業務と、個人のアイディアや力量を如何なく発揮させる方がプラスの業務など様々です。

 そのような多様な価値観と多様な意欲レベルを持つ従業員、そして様々な業務を、成長が高い時代は同じ評価体系で横ぐしで刺していても弊害は顕在化しにくかったのですが、低成長に入り、グローバル規模で多動化する時代では、それは希少化する人材リソースの無駄遣いとなるだけでなく、会社の将来を担う可能性のある人材の意欲を削いで転職されてしまう危険性も高くなります。これは喫緊の課題でしょう。

 ここで大切な点が三つあると思います。一つは、従業員が多様な価値観と働き方を追求し、そして人生の様々な局面でその状況を変更できるように、費用はかかっても人事評価KPI(Key Performance Indicator)を“完全に”そして“常に”リエンジニアリングすべきであるという点です。経験もプラスになる世界で、年功賃金システムを完全に否定するのは困難にしても、手を加えるべきであり、安定性を求める従業員には、そのような仕事で貢献してもらい安定した処遇を行い、意欲の強い社員にはリスクをとれる環境とその成果に見合った報酬、さらにアップサイドのある株式オプションなども付与し、その意欲を事業のベクトルと合わせる、といった細やかな評価を行わないとおそらく、企業内に疑心暗鬼と妬みを増幅させ事業価値にマイナス影響が出てくるでしょう。幸せの定義の多様性を認め、その最大公約数に必ず“会社の繁栄”が含まれるようデザイン出来る企業は今後、間違いなく強くなるはずです。組織内の融和、そして、会社の価値を棄損するような行動を繰り返す従業員には、合理的に会社を去っていただくような客観的KPIのエビデンスを収集出来るような仕組み(システム)も必要です。最近のAI技術、IoTの進化はそういった意味でも多くの変化を効率的に導入できる可能性が秘められています。

 第二に、題にも書かせていただいた「意識改革」です。企業にも人にもHistorical Path Dependenceがあり、例え合理性があるような改革でさえ、それに合わせ意識を一朝一夕で変えることは容易ではありません。抵抗勢力は人間一人ひとりの心の中にあり、それが集団になり一つの「空気」となるとさらに自己強化されます。組織内で断行される様々な「改革」と言われるものも、実現される過程において上手に骨抜きになっているケースは枚挙にいとまがありません。生きてきた時間が長いほど、意識を変えるのにも時間がかかるのは、当然のことです。そのような人の心理的な側面を充分理解した上で戦略的に、時間をかけて、充分な覚悟をもって改革を進めていただきたいということです。“変化”に対する極度な拒否反応を示す従業員が多く存在するとするとその組織自体が変化できず、時代に押し流され淘汰される側の組織であることの証明になってしまいます。皆さまの会社はそうでないと信じています。

 第三に、こういった過去の社会的通念を覆すような改革、潜在的な(社内)抵抗勢力が沢山あるであろう改革を断行する決断をし、その改革が会社の将来性を高めるものであるという前向きな意識を浸透させ、さらにそれを身のあるものにするまで試行錯誤の上、不退転に実施することが出来るのは、会社組織の中で“代表権”を持つ経営者の皆様しか居ないという紛れもない事実です。多くの事業場の決断と同じで、最後はトップの決断にならざるを得ない、しかし、だからこそ経営者は組織にとって本当に大切ですし、私共株主としても、だからこそ貴社の株を保有させていただいているのです。私の知らないところで実際大きな改革を進められている経営者の方も多数いらっしゃると思いますが、その場合はぜひそのまま突き進んでいただきたいと思います。

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 最後になりますが、人材論の世界的権威のリンダ・グラットンによる「ライフ・シフト - 100年時代の人生戦略」という本があります。その本によると、2007年に日本を含む先進国で生まれた子供の50%は少なくとも104歳まで生きるようです。日本に至っては107歳まで生きる確率が50%とのこと。この驚くべき予測を基に著者が示唆するのは、今までの人生プランの定石である、「学習→就業→リタイアメント」という単純な3段階のライフステージでは人生を設計できなくなるということです。女性にとっても子育ての大事な時期を終えた後にさらに学習して就業するというオプションを積極的に模索するべきですし、そのようなチャンスを肯定する社会になってほしいものです。

 最近、市場ではまさに短期的な四半期の利益に一喜一憂し、株価が忙しく上下する切ない現象がそこかしこで起こっています。企業の潜在的な価値、サステイナブルな成長などには目がなかなかいかない、世知辛い株式市場環境ですが、例えば皆さまから見てご自身の企業の株価が不当に低迷しているような状況であれば、今こそ将来に大きな価値を与えてくれそうな社員にチャンスを与えるべくオプションを付与したり、市場で低く評価されていることを敢えて起爆剤として、普段であれば社内コンセンサスを得にくい改革に手をつけるなど、経営者にとって長期の目線で正しいことを行うチャンスが多いことも事実です。言うは易し、行うは難し、ですが、引き続き貴社が、この激しい変化の波を乗り越えて社会と株主に価値を創造していく一社であることを心から期待しております。

平成30年10月吉日

ひびき・パース・アドバイザーズ
代表取締役
清水雄也

1.諸説ある模様です
2.シンガポールでは年齢による一律定年システムを原則禁止。62歳以上の従業員でも、健常者の場合最長67歳まで再雇用を申請可能(不当な引退を強制された場合は政府に告発可能)
3.(website) hdr.undp.org/en/composite/GII
4.Clair Report No. 418 (May 12, 2015)
5.Ministry of Social and Family Development, Singapore