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企業の内部留保について雑感

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約7分

企業の内部留保について雑感

 先日、7月27日にNHKのクローズアップ現代にて、「360兆円!企業のカネは誰のものか~“内部留保”をめぐる攻防」という特集がありました。昨今のガバナンス改革や、スチュワードシップ・コード導入に元ずく「建設的対話」の流れを鑑み、興味深い内容になるかと期待していたのですが、残念ながら、番組の意図が、過去有名になった投資家を出演させて、対立を鮮明化しようとする手法に基づいていた印象です。壮大なテーマだけに30分に詰め込むのはいささか無理があったのだと感じます。

 このような対立軸をベースにする手法に対して、さらに抗弁しても物事の建設的な解決にはつながらないので、私たちが本件に関してどう考えているかを簡単にご説明させていただく丁度良い機会ということで、手前勝手ながら活用(?)させていただきます。先ず、内部留保は誰のものか、という問いについては、私どもの立場としては「株主 i のものである」と結論付けさせていただいております。なぜなら株式会社は株主のものであるからです。公開会社は、社会のものである、という視点もありますし、それは広義で否定されるものではありません。しかし、社会の中においてその会社を、身銭を切って一番身近に支援/応援しているのが株主であります。様々な理由でその会社の株を買いたいと思う人がいなくなれば株価はゼロ円近傍に収束することになります。株価がゼロ円近傍に収束すれば信用不安になり存続が危うい状態になり得ます。

 但し、それこそ内部留保をどこまで株主に還元するか、ということに関してはそこには、欧米的だとか日本的だとか、または「正しい」「正しくない」のシロクロの議論ではなく、経済原則に基づくバランスのとれた冷静な議論が必要になろうかと存じます(番組では取り上げられていなかった模様ですが、映像からは、村上氏がそのような議論をしようとしていた痕跡があります)。私どもとしては、おそらく大切な課題は以下の二つに集約されるのではないか、と存じます。

① どの程度の内部留保が適正か?
② どのような株主を引き付けたいか?

 先ず、①の適正内部留保ですが、当然企業には運転資本が必要になります。ではその運転資本の何年分の内部留保があれば、継続企業として信用不安を与えないレベルを維持出来るか、それが2年分なのか10年分なのか(収益の安定性にもよりますね)、ということだろうと思います。そしてその理由を明言し、株主がそれで納得すれば問題ないのだろうと存じます。加えて、設備投資や M&A、戦略的資本提携などの資金も当然必要となり、いざというときに銀行ばかり頼りにするよりは、自身の意思決定の自由度を高めておきたいという視点も当然あり、内部留保が必要とされる大事な理由の一つです。番組にあったように、給与/賃金増として配分していく考え方も当然あります。

 このような様々な変数を考慮して、オープンに株主に説明し、それを理解して長期で支援する株主が選別されて残っていく、という流れに何の問題もないかと存じます。勿論、納得しない株主は「持ち分を売却する」か「モノを言う」ことになるのでしょうが、そこは公開企業であることの宿命であり、建設的対話の最も大切な部分になるのだろうと思います。例えば、キャッシュフローも安定潤沢で、合理的な説明も、実現可能性のある成長戦略もなく、内部留保をバランスシートに蓄積し続ける場合は、株価の低迷、株主構成の変化(短期で売買する日和見的株主、もしくはモノいう株主の増加)などの長期的な影響が及び、経営陣としても、望ましくない状況を、自ら誘い込んでしまうリスクが増加します。
次に②のどのような株主を引き付けたいか、ですが、上で議論させていただいた内容と重複しますが、もちろん公開企業なので、企業側は株主は選べないという大原則があった上で、どのような株主に興味を持ってもらうか、という「長期IR戦略」を持つことは可能であり、大切な視点でないかと存じます。私どもの投資先の多くはこの視点を持っていらっしゃるので、もちろん業績は忙しく上下するのですが、株価が何かの折に下落した際には「買いが入りやすい」ように見えます。

 今となっては多くの企業がそのような方針を掲げておられますが、一定レベル以上の配当性向や、純資産配当率(株主資本に対しての配当率)をガイドラインとして設定され、それがあることにより、激動する市場の中においても、ある程度の見通しを選好する比較的長期安定志向の株主を中心に興味をもってもらうことは十分に可能かと存じます。さらに、長期戦略や資本配分に一定の規律を導入されていて、それを真摯に株主に説明しようとする姿勢のある会社は、保有期間が数日~数か月のような売買回転型ヘッジファンドではなく、よりオーソドックスな長期投資の機関投資家の関心を集めやすいことは間違いありません。機関投資家それぞれには独自の視点と基準があり、その場ですぐに株主になるかどうかはそれこそ時と場合によるのですが、Brexit のような何等かの外部ショックのときには、一見それまで連れないそぶりであった機関投資家が、株価の下落に乗じてこっそりと目をつけていた企業に投資を開始することは実際によくあることなのです。なかなか定量化しにくい部分ですが、経営者の発信力や、IR担当者の日々の姿勢とコミュニケーションの努力によるところも大きいと見受けられます。

 市場には様々な参加者が存在し、その参加者が多様で層が厚い市場ほど流動性もあり、より効率的で、社会全体の厚生も増す、と、教科書では教えられており、実際その通りだと思います。ただ、個別企業においては、株価本位でなく会社の中身本位で見てもらえる株主や潜在株主の関心をいかに高めるか、という戦略の中で内部留保や配当の議論は、実は一つの強い切り札になることは間違いありません。釈迦に説法かもしれませんが、改めて投資家側の視点を理解し、そのメカニズムをどう自分サイドに寄せるか、という発想でお見知りおき頂けると幸いです。

 最後に二つ付け加えさせていただきたいのですが、一つは、こういった対立構造に辟易とされている場合は、役員、幹部および中堅社員に対して、最近税務の問題も克服されて導入しやすくなったリストリクテッドストック ii やストックオプションの配布をぜひさらに積極的に導入いただくことが、一つの解になろうかと存じます。従業員持ち株会に対する積極的な呼びかけも持ち合い解消の流れに対峙する上では大切かと存じます。顔も見えない、日々忙しく売買している日和見株主よりは、顔の見える、会社の運命共同体を巻き込むのは悪いことではありません(日和見株主も市場の流動性の視点から見れば、その存在は大切であります)。従業員がさらに株式を所有することによって、いわば賃金の上昇を配当の増加によって補うこともでき、一石二鳥でもあります。多少の希薄化が生じるかもしれませんが、それは程度問題でして、ベクトルの合っている株主の増加は歓迎する株主も多いはずと私どもは感じています。

 また、もう一つ忘れがちになってしまう根本的な問題は、株主の側も機関化が進んでおり、一番前面に出て経営者の皆様から見える運用会社や機関投資家やその担当者はあくまで受託機関や代理人であり、その裏に存在するのは、日本や世界の年金基金や大学基金などのマネーであるという点です。つまり、冒頭の「社会の公器としての株式会社」の使命が主張されるならば、企業内で“余剰分として”滞留する内部留保を配当などの形で還元する意味がここに存在するということです。表面上向き合っておられる株主の背後の、その先の先には皆さまご自身の将来の背中があった、という興味深い現象に行き当たることもありうるのです。

 今更のようなことも沢山語っておりますが、このような乱筆でも皆さまの建設的な議論の一助になれば、と願っています。

ひびき・パース・アドバイザーズ
代表取締役
清水雄也

i 過去から現在、未来へと続く連続した時間軸においての株主という概念であり、ある一時特定の株主をのことを指していません。経営者も社員も時間によって変化し、株主も同様に変化しますが、株式会社という概念が存在する限り、株主という概念も存在し続けます。
ii http://www.meti.go.jp/press/2016/04/20160428009/20160428009.html