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健全な業界再編への処方箋 – 自社株所有を巡って

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約8分

健全な業界再編への処方箋

 日本は企業の新陳代謝が緩やかと言われて久しいです。日本全体を見渡すと、開業率も廃業率も5%程度と、先進国の中で一番低いレベルにあります。これは中小企業の問題やベンチャー精神の問題のみならず、大企業を取り巻くダイナミズム(優勝劣敗による変化)が小さいことに遠因があると考えられています。

 経済産業省も早くからこの点を問題視し、特にバブル崩壊以降、調査報告書などが度々作成されてきました。ある調査報告では企業が国際競争力を失ってしまう背景として「過少投資」「過剰規制」「過当競争」という3つの歪みが指摘されています i。

 ここでは、過当競争があり、国際競争力が低下して危機感は高まるのになぜ買収、合併や業界再編が進まないのか、について考察し、その処方箋に関して申し述べたいと思います。過去数年、日本企業においても IN-OUT 型(国内から海外)の企業買収が盛んであり、金額ベースも巨大化しています。これは、ある意味、デフレからインフレに日本全体が舵を切る中、企業経営のマインドセットが守りから攻めに変化していることを意味しています。結果が伴わない限り、一重に良いこととは言いかねる面もありますが、少なくとも経営者は「攻めないと」いけないという危機感が強まっていることは良い変化と言えるでしょう。

 しかしながら、国内で成熟状態にある様々な市場の過当競争の問題は依然として深く、海外との競争で主要企業でさえ窮地に陥ってしまった一部の装置産業(半導体、電機、石油精製など)以外での、特に大企業同士の業界再編はあまり進んでいる印象にはありません。株主や投資家の立場から見ていると、全般的に、一つ一つの企業レベルではコツコツとコスト削減などを推し進め、筋肉質な体質になっていることは強く感じます。
 
 しかし、本質的に日本企業の収益性が先進国の一般的なレベルに比べて低いのは、雇用が流動化していないという目に見える問題よりも、実際企業数が多すぎるという目に見えない問題の方が大きいのでは、と感じます。

 例えば建設業界ですが、国内の建設投資額が、平成4年のピーク(84兆円)から既に半減している中、建設業者数は平成12年まで増え続け、そこから現在まで22%程度しか減少していません。つまり多数の業者で縮小したパイを分け合う構造になっています。当然、今現在は2020年オリンピックの神風はありますが、その後どうなるのでしょう?ここで、あくまで完全な私見ですが、狭義の業界再編である、買収、合併などに経営者が前向きになれる処方箋を申し述べたいと思います。非常に簡単なことですし、既に経済産業省などはこれに気付いていて、彼らの主張を進めているのではないでしょうか、と感じます。要は、経営陣に株式の所有(オプションでも実際の株式でも)を促進させて、オーナーシップを高めるようにすることだと私は考えます。

 企業の買収、合併は、それこそ経営者(取締役会)の高度な経営判断により決められるべきものですが、その一番の障壁は被買収側(もしくは、合併の力関係的に劣勢に立たされる)経営陣自体の処遇です。依然として社内取締役が中心の日本の企業において、例えば「最も企業価値的、そして従業員にとっても条件のいい」買収提案が、現経営陣の退任を迫るものであれば、それを、「企業価値最大化に資する」として、自分の感情を完全に排除してその素晴らしい条件を受け入れられる取締役が果たしてどの程度いるでしょうか。場合によっては「自分達がいなくなれば、案件を成立させた説明責任が果たせない」「従業員に顔向けができない」などと様々な理由で案件を潰そうとするか条件を変更させる水面下の努力をする可能性がどうしても出てきます。

 私も、もし同じ立場であれば、そして会社を愛していればこそ、自分の意思決定により自分自身をこの愛する会社から排除することになるような決断を下せるか疑問です。これは、人間一人ひとりに人生があり、将来があることを考えると当然の感情であります。勿論、米国のように社外取締役が取締役会の過半を占めるようになれば、そのような、感傷的な思考の入り込む余地がなくなり、極めて合理的な判断がもたらされる可能性が高まるというのは自明の理でしょう。その個人の感傷をできる限り排除する道筋や行動原則がガバナンス論議の通奏低音なのでしょうが、こちらも日本では議論自体が緒に就いたばかりという印象です。最近急激に増えつつある社外取締役でさえも、立場は同様であり(自分がもしこの決断でお払い箱になるのであれば、、、)合理的な判断が下せるかどうかは、やはりそういった一人ひとりの個人の資質に委ねられてしまうことになります。この部分に、岩井克人先生が幾度となくご提示されている資本主義の本質的な難しさが潜んでいることは間違いありません(フィデュシアリーの問題)。

 実は、そういう難しい倫理的、哲学的な議論には立ち入らずに、そういった個人の情緒的な感情を可能な限り排除できる比較的簡単で効果的な方法が、取締役や幹部が「自社の株式を沢山所有すること」ではないかと思います。先ず日本の取締役会を取り巻く環境認識として、残念ながら上場企業の取締役の報酬は世界標準から比べると相対的にかなり低いという調査がコンサルティング会社、タワーズワトソン社より発行されています。そしてその報酬自体も日本では固定的なものが中心であるといわれています。当然過去からの税務要件がそのような報酬体系を形作ったという隠れた理由も大きいと思います。いずれにせよ、社内取締役として会社に多くを捧げ、それでいて報酬も高くもなく蓄積もない中で、唐突に取締役の任を解かれるような事象というのは、取締役自身のスキルの汎用性の問題、年齢が高いことによる再スタートの難しさの問題など様々な不安を呼び起こします。

 しかし、例えば、そういった取締役が、各々年収の5倍以上の時価相当の株式を所有している場合、株価に適度なプレミアムを付与する買収提案であれば、先ずは一人の人間としての金銭的面での不安はある程度除去されます。また、買収会社の提示価格が妥当か(自分達で、独立独歩の状態で経営し続けると得られるであろう価値に比べ)を、自身の株主の目線から検証できるでしょう(そして社内取締役として長年仕えたからこその社内の目線も併せ持つことが可能です)。

 個々の取締役の個人としての不安を少なくとも金銭的に除去し、ある意味本質的な企業の永続価値に注目できる意味で、取締役がそれなりの金額で株式を所有することの隠れたメリットは非常に大きいと感じます。経済産業省や国税庁が、昨今リストリクテッドストックの税務を整理し、取締役に対して、過度な負担を除去し発行、付与しやすくなりました。当然、株主目線で日々の経営にあたり、その付加価値(企業価値上昇分)を享受するというベクトル一致の効果は高いという説明ですが、今後日本に必要なこと、つまり、国内での無駄な過当競争を排除し収益性を強固にし、海外の大企業としっかり対峙できるようにする、そういったための業界再編を促す本質的な起爆剤になるのではないか、と感じています。

 業界再編などが促進され、集約された企業の競争力が増し、利益率が増加し、そして給与や賞与が増す、(新会社で幹部社員へ新たに抜擢された方々への自社株オプション付与なども良いインセンティブになります)という好循環になることにより、アベノミクスが提唱している良いインフレになりうるのではないでしょうか。米国にはゴールデンパラシュート iiという概念があり、敵対的買収などで取締役が解任されてしまうような場合に備えて、特定のイベントに際する退職金を高めに設定しておくという事例が過去横行しました。これは買収コストを高く設定する意味で卑怯な買収防衛策という見方も一方でありますが、他方で、買収された後のことを心配せずに済むことで取締役一人ひとりの合理的な判断を促すという効果もあります。脚注の野村証券様の用語解説のように、実際には敵対的買収などを促進したという効果を指摘する人もいるのです。

 日本の産業や企業の新陳代謝が低いのは雇用の流動性が低いことや、従業員教育が自社内のみに通用する暗黙知を高める方向で設定されている、さらには年功賃金体系が問題という様々な指摘があります(おそらく全て要因でしょう)。しかし合併や買収を伴う業界再編はその問題を根底から覆す力があります(ガラガラポンということですね)。さらなる株式所有を通じた取締役や社員一人ひとりの行動様式や精神的状況の変化(民間活力を通じた効果)によって、ダイナミックな企業再編などが促され、企業、個人そして社会全体の富が増すという仮説が日本の資本市場でも、もっと幅広く実現されて検証されていくことを一投資家として切に祈っております。株主主権論の是非を議論するのではなくて、株主と経営者の壁を取り払い一体化させてしまうことにより株主「主権」か「代理か」という議論自体を骨抜きに出来るのではないでしょうか。ということで、まずは焦らず、企業の取締役の皆さまにとっては、自社の株式を沢山所有すること(役員報酬などでそれをデザインすること)からではないでしょうか iii?期待しております。

ひびき・パース・アドバイザーズ
代表取締役
清水雄也

i 我が国ものづくり産業における事業再編のあり方に関する調査 (2014年3月31日)株式会社日本総合研究所
ii https://www.nomura.co.jp/terms/japan/ko/golden_parachute.html (出所:野村証券)
iii 日経新聞2016年8月16日付経済教室にて、岩井克人先生の寄稿「株主主権論の誤りを正せ」とあります。非常に耳の痛い、大切な問題提起ですが、株式オプションやリストリクテッドストックなどで株主とベクトルを合わせること(株主の代理人から株主そのものになること)と、インセンティブを過剰なまでに高めてしまうリスクの問題は分けられるものであり、分けて考えるべきもの、というのが筆者の見解です。